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TUKUGAMI

 

 

昔々あるところに、”月姫”と呼ばれる
それは大層、美しい姫が居ったそうな…

透き通るような白く柔らかな肌、
流れるような黒い艶のある髪、
民を慈しむ、淑やかな性格…
​まさに、天下に轟く”絶世の美女”であった


しかし、その美貌を妬んでか、
成人の儀の折、何者かが持ち込んだ
妖刀三日月の"呪い"によって、
姫はその身を蝕まれてしもうたのだという

『かの呪い祓いし者、望みの富を与えん』

 


"伝説"が今、此処に集う―――

​ツクガミ-刀剣伝説-

 

【登場人物】

安綱(やすつな) 男性
一人称は拙者(せっしゃ)

国綱(くにつな) 男性
一人称は某(それがし)

恒次(つねつぐ) 男性
一人称は僕(ぼく)

光世(みつよ) 不問
一人称は私(わたし)
ナレーション兼任

月姫(つきひめ) 女性
一人称は妾(わらわ)



光世:
(N)『時は、江戸前期
戦の世を生き抜いた日ノ國(くに)は
それでも尚、鳴り止まぬ怒号と
怨嗟(えんさ)の炎に炙(あぶ)られていた…

やがて民草も枯れ果てた頃…
國を救わんと声を上げた者が現れた


名を、”月姫”――――――


穏やかで、慈悲深く、
身分問わず接するその温かな手は
疲弊した民等にとって”救い”であった

しかし、束の間の安らぎも虚しく、
滴る血も乾かぬ内に”悲劇”は起きる

成人の儀の前夜…
供物に紛れた呪物
妖刀、三日月の”邪氣”に触れた月姫は
精神を蝕(むしば)まれ、乱心
最果ての城へと幽閉されるのであった

そして、一年と数カ月の時が流れる―――』


【場面転換】最果ての城 月見櫓
男は片膝を着き、
女は外の景色を眺めている

月姫:
「…のぉ、光世(みつよ)」

光世:
「如何(いかが)なされましたか、姫様」

月姫:
「今宵は静かじゃ…月明かりに、
枝垂桜(しだれざくら)も良く映える」

光世:
「…明日の夜は満月でございますれば
さぞ、美しく咲きましょう」

月姫:
「お主はとんと、隠し事が苦手よの?
…何を躊躇うておる」

光世:
「…恐れながらこの光世、
姫様の御意向に背(そむ)くご無礼
何卒(なにとぞ)、御容赦賜(たまわ)りたく…」

月姫:
「良い…申してみよ」

光世:
「…触書(ふれがき)の件にございます
此度(こたび)謁見を申し出た者は三名…
配下によれば、いずれも流浪との事、
しかしながら斯様(かよう)な者達を
姫様の御前に招き入れるなど…」

月姫:
「そう案ずるでない…連れて参れ」

光世:
「ですが姫様―――」

月姫:
「光世」

光世:
「…は」

月姫:
「二度は、言わぬぞ…?」

光世:
「…御意(ぎょい)」

月姫:
「全ては、”余興”…何者であろうと、
妾(わらわ)の邪魔はさせぬ…」

暗く静かな星空を
夜風に揺れる枝垂桜が
その儚げな色で彩っていた


【場面転換】果ての都 表通り
町の大通り、喧騒の中
腰に太刀を佩いた男達が話している

国綱:
「ここが果ての都(みやこ)か…
噂では”例の物”があると聞くが、
誠なのか恒次(つねつぐ)?」

恒次:
「ええ、御二人が到着する前日に
謁見を申し出ておきましたよ
国綱(くにつな)さん」

国綱:
「そうか…む?
安綱(やすつな)はどこだ」

恒次:
「先程までいらしたのですが…
はぐれてしまったようですね?」

国綱:
「”また”か…」

恒次:
「ふふ…そう心配なさらずとも、
安綱さんなら大丈夫ですよ」

国綱:
「心配などしておらん…あ奴の事だ、
どこぞで食うておるのだろう
まったく、”目的”を前に人捜しとはな…」

恒次:
「おや…どうやら、
その必要はなさそうですよ?」

安綱:
「国綱~!恒次~!
待つでござるよ~!」

何やら包みを持った男が
二人に駆け寄って来る

国綱:
「はしゃぎ過ぎだぞ、
なんだ手の”ソレ”は」

安綱:
「団子でござるよ!!」

恒次:
「この香り…甘味(かんみ)ですか」

安綱:
「さすが恒次!良く分かったでござるな!
食べるでござろう?」

包みを広げ、中から串団子を取り出す
ほんのりと漂う、優しく甘い香り

恒次:
「ええ、頂きます」

国綱:
「恒次…お前は安綱を甘やかせ過ぎだ」

安綱:
「?甘いのは良い物でござるよ?」

国綱:
「そうではない…」

恒次:
「良いじゃないですか、国綱さん
美味しいですよコレ」

安綱:
「腹が減っては戦はできぬでござる!
食べながら行くでござるよ!国綱!」

国綱:
「…仕方のない」

串団子を国綱に渡す安綱
それを渋々受け取る国綱
微笑ましく見ている恒次
三人は歩き出す

恒次:
「でも珍しいですね、この御時世に…
滅多にないですよ?」

安綱:
「祝い事でもあるのでござろう
町中が活気に満ちてるでござる
良い事でござるよ」

国綱:
「…”毎度”の事だが、不気味だな」

安綱:
「およ?何がでござる?」

国綱:
「とぼけるな、その喋り方だ」

安綱:
「ナンノハナシデゴザッタカ」

国綱:
「いつまで続ける」

安綱:
「国綱は不満でござるか?
子供受けは良いでござるよ?」

国綱:
「…茶番だ」

安綱:
「およよっ!よもやお怒りでござるか?
シワを寄せると、老けるでござるよ~?」

国綱:
「もういい」

恒次:
「ふふ…国綱さんは真面目ですからね」

安綱:
「国綱はいつも怒ってるでござるな
女子にモテぬでござるよ~?」

国綱:
「余計だ…大体、恒次にならまだしも
いつも弛(たる)んでいるお前にだけは
言われたくもない」

安綱:
「恒次は良いでござるか!?」

国綱:
「恒次はそんな事を言わぬ」

安綱:
「差別でござる!」

国綱:
「区別だ」

安綱:
「…団子を返すでござるよ」

国綱:
「フン(団子を食らう)」

安綱:
「ああああ!」

無慈悲な国綱を
ポカポカと叩く安綱

恒次:
「御二人とも、見えてきましたよ」

国綱:
「む?」

安綱:
「およ?」

二人をよそに進んでいた恒次が
前方の建物を指差す

恒次:
「あの桜の向こうにあるのが、
”最果ての城”です」

国綱:
「ほぉ…ここからでも見える程とは」

安綱:
「立派な桜でござるな~」

恒次の指差す方向、その先に
城の塀すら優に超えるであろう巨大な枝垂桜が
この世の物と思えぬ程に美しく咲き誇っていた

恒次:
「枝垂桜…でしょうね
あそこまで大きな物はそうありません
樹齢はおよそ数十…いえ、数百でしょうか」

安綱:
「およ?誰か出て来たでござるよ?」

城の堀に架かる橋から
位の高そうな人物が歩いて来る

光世:
「…触書に応じた者は、
その方等で相違ないか」

安綱:
「いかにも!拙者は安綱でござる!
この二人は拙者の連れ故、
どうか安心するでござるよ!」

国綱:
「国綱と申す」

恒次:
「恒次です」

光世:
「良くぞ参られた、私は光世…
此度の案内役を務めさせて頂く
ついて参られよ…」

安綱:
「お頼み申すでござる、光世殿
さぁ二人とも、
いざ参るでござるよ~!」

光世に案内されて進む安綱

国綱:
「…」

恒次:
「…国綱さん」

国綱:
「”見られている”な」

恒次:
「どうします?」

国綱:
「…気にするな恒次
問題ない」

恒次:
「…わかりました」

安綱:
「早く来るでござるよ~!」

三人は門を潜り、中へ入って行く
只ならぬ雰囲気を纏った
最果ての城へと…


【場面転換】最果ての城 内部
昼だというのに薄暗い渡櫓の廊下を経て
光世に大天守へと連れられる三人

光世:
「姫様は天守の上階に居られます
ただし注意されよ、客人と言えども
無礼を働く者は市中引き回しの上、
打ち首獄門に処される…
努々(ゆめゆめ)お忘れ為されるな」

安綱:
「気を付けるでござるよ?
国綱、恒次」

国綱:
「お前が言うな」

恒次:
「ふふ、気を付けますね?」

安綱:
「ときに光世殿?
姫殿の容体は如何でござるか
何せ御触れまで出す深刻な事態、
よほどの病と見受けるでござるが」

光世:
「”アレ”は病ではございませぬ
…触書の通り
”呪い”にございます」

国綱:
「病ではない…か」

恒次:
「呪い…と言うのは
具体的にどの様なものでしょう」

光世:
「まずは…お会い頂きたい」

恒次:
「…そうですか」

国綱:
「危険はないのか」

光世:
「…」

苦い顔をし、立ち止まる光世

安綱:
「まぁまぁ国綱、落ち着くでござる
言いにくい事もあるでござろう
ここは光世殿を立てるでござるよ」

光世:
「…かたじけない」

安綱:
「良いでござるよ
引き続き、案内を頼むでござる」

顔だけ振り返り、ゆっくり頷く光世
硬い表情が少し緩んだように見えたが
すぐ緊張した面持ちに戻り、歩き出す
部屋の前に来ると、三人を中に通した

光世:
「…此方(こちら)でしばし待たれよ」

安綱:
「おお、広いでござるな~」

恒次:
「さすが最果ての城
この広さと高さなら、
町が一望できますね」

国綱:
「…姫はどこだ」

光世:
「お呼び致す…」

月姫:
「それには及ばぬ」

まるで凍て付きそうな程冷たく、
しかしハッキリと聞こえる声が響いた

光世:
「ッ―――姫様!?」

月姫:
「…この者等か、
妾に会いたいと申すのは」

音もなく現れた人物…月姫は
跪く光世を一瞥もせずに尋ねる

光世:
「…は
然様(さよう)でございます」

安綱:

「おぉ…」

恒次:
「この方が…」

国綱:
「姫…」

鼻筋の通った幼い顔立ちに
美しい二重の切れ長目
柔らかで白い肌と
花弁のように染まる唇
そこから洩れた言葉は
甘く、しかし冷たさを秘め

月姫:
「何をしておる…
”頭(ず)”が高いぞ」

小さく、か細い身体から放たれる
想像もつかぬ程の”威圧感”に
声を出す事ができず立ち尽くす

国綱:
「…」

恒次:
「…」

安綱:
「これはご無礼仕(つかまつ)った!
姫殿のあまりの美しさに
心を奪われてしまったでござるよ!
ささ、国綱?恒次?座るでござる」

ただ一人を除いて

国綱:
「…ああ」

恒次:
「済みません…ご無礼を、月姫様」

月姫の前に並んで座る三人

月姫:
「ほぉ…震えて声も出せぬ童(わっぱ)と
思うておったわ…」

光世:
「その方等、姫様の御前である
名を―――」

月姫:
「名など、どうでも良い…
して…其方等(そなたら)はどうする?
所詮は流浪、取柄があるとも思えぬが
ただ見に来たという訳でもあるまい…」

部屋の最奥、一段高い壇上に座る姫
静かな瞳がゆっくりと三人を見据える

安綱:
「拙者達はただの流浪ではござらぬ
地方を巡り、その土地に伝わる
”変わった品”を求めて
旅をしているでござるよ」

月姫:
「変わった品…とな」

国綱:
「俗に言う曰く付き…
某(それがし)達は便宜上、
”呪物(じゅぶつ)”と呼んでおります」

月姫:
「なるほどのぉ…呪物か
…しかし毒やもしれぬぞ?
それはどう判断するのじゃ」

恒次:
「病や毒に関しては心得がございます
僕達は旅の中で、呪いに苦しむ人達から
危険な呪物を回収しているのです
そんな折、月姫様の噂を耳にしまして」

安綱:
「拙者達は此度の一件が
呪物によるものであると踏み、
馳せ参じた次第でござる」

月姫:
「面白い考えじゃな…のぉ光世?」

光世:
「…は」

恒次:
「何か心当たりはお有りですか?」

月姫:
「そう急くでない…
其方等の望みは良ぉ解った」

光世:
「姫様…では、”アレ”を?」

月姫:
「うむ、持って参れ」

光世:
「御意」

恒次:
「僕も同行して宜しいでしょうか?」

光世:
「…姫様?」

月姫:
「構わぬ、好きにせぃ」

国綱:
「某も行こう…お前はどうする」

安綱:
「拙者はここに残るでござるよ」

国綱:
「…粗相はするなよ」

安綱:
「信用するでござる」

国綱:
「お前だからだ」

安綱:
「およ~?」

光世:
「では御二方、こちらへ…」

光世は月姫に頭を下げると
国綱と恒次を連れて部屋を出る

月姫:
「其方は行かぬのか?」

安綱:
「万が一に備え、
拙者は姫殿の傍に居るでござるよ」

月姫:
「…ますます面白い男じゃのぉ?」

月姫はゆっくりそう言うと
安綱を見据え、怪しく微笑む


【場面転換】宝物の間 通路
光世に同行する国綱と恒次
手燭によって照らされる廊下は
薄暗く、不気味な雰囲気が漂う

恒次:
「…光世さん、
無礼を承知でお伺いするのですが…」

光世:
「姫様の事、ですかな…恒次殿」

恒次:
「えぇ…お噂の月姫様は
民衆にも笑顔を振りまいて下さる
誰よりも優しく、温かいお人だと…」

国綱:
「だがあの”気配”…
尋常ではないな」

訝しむ二人に、重い口を開く光世

光世:
「姫様は…
とても穏やかな方でございました…
お若くして姫という立場でありながら
その優しさと憂いに満ちた眼差しで、
我々を導いて下さいました…」

光世は振り返らず、
言い淀みつつも話を続ける

光世:
「…しかし”あの日”から、
以前とはまるで別人のようになられた…」

恒次:
「あの日?」

国綱:
「何があった」

一拍置いて、光世は
どこか懐かしむように語り始める

光世:
「あれは…姫様が十二の頃―――
姫様は父君、母君と共に
多くの者に慕われながら、
清らかで美しく御心を育まれ、
健やかに日々を過ごされておられました…
そして、成人の日が迫ろうという時です
ある御方から求婚の申し出がございました
当時は戦国の時代から脱した直後…
財ある者に娶(めと)られるというのは
大変な誉(ほまれ)でもありました…
ところが…」

非常に苦しい顔になる光世

恒次:
「ところが…?」

光世:
「御相手は四十となる御高齢だったのです…
あまりの年齢差にはじめは誰もが驚き、
戸惑いと落胆の声があがりました
ですが…
戦の世をなんとか耐えはしたものの、
病や飢えを凌ぐ場所すら満足に補えぬ
弱い立場であったが故に…結局、
その申し出を断る事ができなかったのです
姫様は…大変苦しんでおいででした…
毎夜月を見上げては涙を流される姫様を
黙って見ている事しかできず
ひたすらに襲い来る怒りと、無力さに、
この身を裂かれる思いでございました…
それでも、
家臣である私ではどうする事もできず
ただ時を待つばかりとなったのです…」

国綱:
「それが乱心の原因か?」

切り込む国綱に対して
首を横に振る光世

光世:
「…いえ、”事”が起きたのは
その後でございます…」

押し黙る光世

恒次:
「聞かせて下さい」

国綱:
「…頼む」

”札”が貼られた戸の前で立ち止まり
それを睨み付けながらも、
覚悟を決めて口を開く光世

光世:
「いよいよ、成人の儀を目前に控えた
赤い月が昇る祝言前夜の事でございます
御殿(ごてん)に”とある刀”が、
祝いの品として贈られたのです…
地色青く焼刃(やきば)白し、
三日月の打除けを持った
かくも美しい刀身の太刀…
名は…”三日月刀”」

恒次:
「!…国綱さん」

国綱:
「ああ…」

札を外し、戸を開ける光世
その部屋の最奥、祭壇に飾られた
湖に映る三日月の如く美しい太刀が、
妖艶な輝きを放っている
傍にあった燭台に火を灯し、
三日月刀の前に立つ三人

光世:
「三日月刀は、
異様な存在でございました
何も知らぬ姫様も純粋さ故に、
惹きつけられたのでございましょう…
そして姫様が刀に触れた途端、
不思議な光が放たれ…
その場に居た者達は私を含め
皆が気を失い、気が付いた時には…
御二人の反応を見るに、
やはりこの刀は…
”妖刀”だったのでございますね」

恒次:
「それは―――!」

国綱:
「恒次、話を聞こう
失敬、光世殿…続きを」

光世:
「…それからと言うもの、
姫様はお変りになられました…
時折見せる眼差しや、
配下の者達への扱いも…
刺すような、
冷たい物言いをなされるように…
あのお優しかった…姫様が―――」

恒次:
「そう…だったのですね」

国綱:
「…それが、今の姫か」

光世:
「姫様は今、ご自身の御心を
”呪い”に支配されておられる…
全てを焦がさんとするような
激しい感情…憎悪という呪いに…」

国綱:
「憎悪…か、当然だな」

恒次:
「御相手はどうしたのです?
月姫様を愛しておられるなら、
寄り添ったはずでは?」

光世:
「…御相手様はこの件を知るや否や
奇病が治るまで祝言は挙げぬと、
姫様を幽閉なさったのです
この城…最果ての城に…」

恒次:
「病でない事は一目瞭然です!
なんて身勝手な…」

国綱:
「呪いなど…信じる者の方が少ない」

光世:
「然様…我々もはじめは病の類と思い、
町の医師等を招き入れては
あらゆる手法を用い、
姫様の回復を試みました…
されどかなわず、
招いた医師の方が倒れる始末…
そんな折、ある日一人の医師が
悪霊の仕業ではないか、と…」

恒次:
「それを聞いて、
月姫様は何も仰らなかったのですか?
聞く限りでは世迷言と一蹴されそうで…」

光世:
「当然、切腹も辞さぬ覚悟…
しかし姫様は寛容にもお許しになり、
その後この町ではあのような触書が
出されるようになったのです…」

国綱:
「それで、何か変化はあったのか」

光世:
「ございませぬ…
事態は悪くなる一方でございます…」

恒次:
「まったく…?
診療した人達はどうされたんです?
何の資料も残っていないんですか?」

光世:
「姫様の御前に立って無事であった者は
一人として居りませぬ…
著名な医師も、名のある武人も
皆一様に畏(おそ)れ、気を失い…
そのまま、事切れてしまうのです…」

恒次:
「無事な方は居ますよ
あなたと、安綱さんです」

光世:
「恒次殿、それは…
ただ運が良かっただけにございます
この刀を”桜の間”へ持ち帰った時には、
安綱殿は恐らく……ん?」


国綱:
「む!」

恒次:

「危ない光世さん!」

光世の手の中で震えたかと思うと、
鞘から刀身が勢い良く抜かれ、
そのまま宝物庫から飛び出して行く

光世:
「そ、そんな…三日月刀が飛んで…!」

恒次:
「刀が独りでに…国綱さん!」

国綱:
「”妖術”か…追いかけるぞ」

恒次:
「はい!」

光世:
「あの方角はまさしく桜の間…!
あぁ安綱殿…
どうかご無事であられよ…!」

国綱:
「心配には及ばぬ」

光世:
「国綱殿…?」

国綱:
「あ奴は…”最強”だからな」

国綱の力強さに息を呑む光世
燭台の灯りが静かに揺らめていた


【場面転換】桜の間
時は少し遡り、先程の部屋
月姫と話す安綱

安綱:
「―――でござるよぉ~!
あの時、国綱が居なかったらと思うと…
今考えても大変でござったぁ
恒次の機転が効いたでござるな~」

月姫:
「ほぉ…外にはそのような物があるのか
興味深いのぉ…実に愉快じゃ」

安綱:
「カラクリ屋敷の話はお気に召されたか!
それは何よりでござる~」

月姫:
「この城にそのような仕掛けは無い…
誠、つまらぬ所よ…」

安綱:
「いやはや、この城も立派でござるよ
ここから見える枝垂桜の
なんと優美な事でござろう…
夜空に輝く満月もとても美しいでござる」

月姫:
「…城は好ましく思わぬが、
月は…良い物よの」

安綱:
「そうでござる、そうでござるよ~
町の人々も特に祝いの雰囲気で、
活気付いて賑やかでござった…」

月姫:
「…祝い…のぉ」

安綱:
「およ…」

月姫:
「其方は知らぬか…
あの行事が何なのか
何を祝っている物か…」

安綱:
「是非…聞きたいでござるよ」

月姫はゆっくりと立ち上がると
安綱の傍までやってくる

月姫:
「アレは…妾がこの城へとやって来た
その時からある呪(まじな)いじゃ
望まぬ婚礼のな…」

安綱:
「なんと…酷い話でござるな…」

月姫:
「妾は憂(うれ)いておる…
図々しくも富を貪(むさぼ)る民等を…
いっそ、燃やしてしまえば楽というもの」

安綱:
「…それは、誤解でござるよ」

月姫:
「違うと申すか」

安綱:
「拙者が見た人々は笑顔でござった…
皆、姫殿を称えていると思うでござる」

月姫:
「そんな物では、妾は癒されぬ」

安綱:
「では、姫殿は…
何をお望みでござるか?」

月姫:
「…其方は、妾を癒してくれるか?」

驚くほど静かに、
手を安綱の頬に添える月姫

安綱:
「な…姫殿…」

月姫:
「動くでない…近う寄れ」

静かな月夜、二つの影が落ちる
男女にとって甘美なる一時…
しかし―――

安綱:
「…ッ!」

痛みを感じ咄嗟に離れる安綱
その首筋から血が少し流れる

月姫:
「ほぉ…躱(かわ)すか」

安綱:
「…爪?」

月姫:
「鈍い男と思うておったが…
存外…侮れんのぉ?」

爪に付着した血を舐める月姫

安綱:
「いくら美しい姫殿であっても、
そのような殺気が漏れていては
警戒せずに居れぬでござろう…」

首を抑えつつ間合いを取る安綱

月姫:
「いつから気付いておった…?」

安綱:
「妾…と言った時からでござる」

月姫:
「なに?」

安綱:
「妾と言うのは元来、
武家の女がへりくだって用いるもの…
姫の身分で使うものではござらぬ」

月姫:
「ならば何故、無駄話をしていたのじゃ
有無を言わず斬り伏せる事もできよう?」

安綱:
「”匂い”が人の物だったから、でござるよ」

月姫:
「匂いじゃと…?」

安綱:
「化けているのであれば
淀(よど)みも生じるでござるが…
抱き寄せた時、それは無かった
身体は本物…となれば、
奪ったのでござろう?」

月姫:
「…良くぞ見破ったのぉ?
褒美じゃ…」

安綱の背後から鋭い殺気が迫る
ソレは桜の間の戸を突き破り
月姫の手元に収まった

安綱:
「ッ!?…あの”太刀”は―――」

やって来た太刀…
三日月刀を撫ぜる月姫

月姫:
「妾が直々に、其方の血を…
一滴残らず搾り取ってくれようぞ?」

月明かりに照らされて、
その刀身が怪しく光る
切っ先が目の前の安綱を捕らえた

安綱:
「これはちと、厄介でござるな…」

太刀を抜き、構える安綱
戦いの幕が、あがる―――
打ち合う二人
刃が交差し、火花が散る

月姫:
「そぉら…!そらそら!」

安綱:
「クッ…細腕からは想像もできぬ程
重い剣撃でござる…」

月姫:
「カッカッカッ(笑い声)
その程度の力で
妾をどうにかできると思うたのか」

安綱:
「そしてなんと冷たき太刀筋でござろう…
嫉妬や怒り、憎悪に満ちた
深い哀しみを感じるでござるよ」

月姫:
「ほぉ、感じるか…妾の哀しみを、
この怒りを、憎しみを…
それを癒し、満たせる物は
其方の”魂”に他ならぬ」

安綱:
「この命、簡単にはやれぬでござるな」

月姫:
「大人しく贄(にえ)となれば良いものを…
惜しいのぉ?」

月姫の身体を青白い”何か”が纏う

安綱:
「ッ!”青い炎”…?」

月姫:
「平伏せ…
―――『不知火・神楽(しらぬいかぐら)』」

安綱:
「ぐ…!うぁあああ!!」

青い炎の濁流に押し流される安綱
立ち昇る煙に辺りは包まれた

月姫:
「なんじゃもう終(しま)いか?
吠えた割に、呆気ないものよのぉ…」

余韻で静まり返る中、
駆け付けた光世が訴える

光世:
「これは…なんという…
姫様…正気にお戻り下され…
もうこれ以上の無益な殺生は…!」

月姫:
「黙れ光世
もはや、お主とて同罪じゃ…
この場で諸共処分してくれようぞ」
















安綱:
「面白れぇ…
じゃじゃ馬ってのも
嫌いじゃねぇぜ…?」

煙が徐々に薄くなり、
三つの人影が露になる

月姫:
「無傷じゃと…?
其方等、何者じゃ」

​太刀を抜いた三人は
それぞれ名乗りを上げる

恒次:
「討滅隊(とうめつたい)が一人…
"数珠丸"恒次(じゅずまる つねつぐ)
推参(すいさん)…」

国綱:
「討滅隊が一人
"鬼丸"国綱(おにまる くにつな)
見参」

安綱:
「討滅隊が一人!
"童子切"安綱(どうじぎり やすつな)
参上!!」

光世:
「討滅…隊…」

安綱:
「ったく…やべぇやべぇ
助かったぜ?国綱、恒次」

先程の飄々とした雰囲気は無くなり、
荒々しい口調になった安綱が
歯を見せながらニヤリと笑う

恒次:
「僕は何も…国綱さんが咄嗟(とっさ)に
”空蝉(うつせみ)”で
衝撃を和らげたんですよ」

その左側、恒次は
数珠を巻きつけた太刀を構え、
謙虚さはそのままに隙の無い姿勢

国綱:
「…来るぞ
気を付けろ」

右側、国綱は静かに、
しかし力強く敵を真っ直ぐ目で捉え、
握られている太刀をギラリと光らせる

恒次:
「ええ、油断なく」

安綱:
「俺達なら余裕よぉ…さぁ!
どっからでもかかってきやがれ!!」

月姫:
「ほぉ…その自信、大した物じゃ
妾を失望させてはくれるなよ…?
者共!出あえ出あえい!!」

その呼び掛けに応じ、
青黒い袴の男達が出てくる
打刀を差した月姫直属の護衛集団

光世:
「御庭番(おにわばん)…!
しかし様子が…!?」

恒次:
「まさか、この人達…操られて!?」

国綱:
「…傀儡
​(くぐつ)の術…この数をか」

安綱:
「ったく…食いたくなる程可愛い面して、
えげつねぇ事しやがるぜ…」

月姫:
「妾の方こそ、其方等を喰らいとうて
かなわんのじゃ…」


安綱:
「そうかよ」

光世:
「姫様…
どうか!どうか姫様をお助け下さい!」

安綱:
「わかってる、下がってな?
…”峰”でやるぞ、良いな!」

恒次:
「わかりました」

国綱:
「ああ」

月姫:
「妾に仇(あだ)なす不届き者じゃ…
斬れ!斬り捨てい!!」

一斉に刀を抜き、構える御庭番達
三人は背中合わせとなり、陣形を取る

安綱:
「…行くぞ!ハァアッ!」

恒次:
「タァッ!テヤァ!」

国綱:
「フン!ハッ!」

月姫:
「カカッ…さぁて、
いつまで持つかのぉ…?」

御庭番達と斬り合う三人
数人を打倒した後、違和感に気付く

安綱:
「く…コイツ等…!」

恒次:
「まずいですね…」

国綱:
「むぅ…」

安綱:
「動きは鈍いがキリがねぇ…!
何度倒しても起き上がって来やがる」

恒次:
「痛覚を遮断しているみたいです…」

国綱:
「どうする」

月姫:
「無駄じゃ無駄じゃ…
其方等如きでは、妾の兵は倒せぬわ」

安綱:
「こいつぁ一筋縄じゃ行かねぇな…」

恒次:
「僕に良い考えがあります」

国綱:
「何だ」

恒次:
「操られていても、
”気絶”は狙えるはずです
一撃で昏倒させる事ができれば…」

国綱:
「良案だ」

安綱:
「よっしゃ!やってやるぜ!」

恒次:
「ッ!来ます!」

御庭番の一人が襲い掛かって来る

国綱:
「安綱、背中を貸せ」

安綱:
「おう!」

安綱の背中を駆け登り、
より高く跳び上がる国綱
相手の背後に回り込み、一閃

国綱:
「―――忍法・『霧烏(きりがらす)』」

全体重を乗せた一撃にたまらず昏倒する

安綱:
「お見事」

恒次:
「さすがです、国綱さん」

安綱:
「ッ!後ろだ恒次!」

安綱が吠えるが、
恒次は既に気付いていたように
背後の敵を”目視せず”対処する

恒次:
「一刀流…壱の太刀―――

『神隠し​(かみかくし)』」

一瞬で鳩尾を打ち抜く恒次
相手は糸が切れたように倒れ伏す

安綱:
「ヘッ!お前もやるな!」

恒次:
「安綱さん、そちらをお願いします」

通路から二人の御庭番が駆け寄る

安綱:
「任せろ…!
旭光流(きょっこうりゅう)剣術―――」

太刀を鞘に納める安綱
次の瞬間、打ち出される剣技

安綱:
「『赤風(あかかぜ)』!!」

目にも止まらぬ神速の横薙ぎ
その斬撃で二人の御庭番が吹き飛び
転がってそのまま昏倒する

月姫:
「やるのぉ…よもやこれ程とは…」

安綱:
「テメェみてぇにコソコソしてるだけの
腰抜けとは違うのさ!」

月姫:
「ならば…”コレ”ならどうじゃ?」

光世:
「安綱殿!避けて下され!!」

安綱:
「なに!ぐ…ッ!?」

突然安綱に襲い掛かる光世
刃がぶつかり、鍔迫り合いとなる

国綱:
「む!?」

恒次:
「光世さん!?」

安綱:
「どうして…!」

光世:
「私の意志では…
体が…勝手に…!」

国綱:
「”妖術”か…」

恒次:
「なんて事を…」

月姫:
「カカカ…さぁどうする、討滅隊」

安綱:
「…光世殿…少し、痛むぜ?」

光世:
「かたじけない…」

安綱:
「国綱ッ!」

国綱:
「―――忍法・『影狼(かげろう)』…」

低姿勢から放たれる逆袈裟
鍔迫り合いの二人を引き離す

安綱:
「旭光流剣術―――
『断空斬(だんくうざん)』!」

顎を掠めるように打ち上げる逆風

後ろに吹き飛び昏倒する光世
苦虫を噛み潰したような顔の三人

安綱:
「…済まねぇ…光世殿…」

月姫:
「隙ありじゃ」

国綱:
「避けろ!」

安綱:
「ッ!?」

国綱に突き飛ばされる安綱

恒次:
「弐の太刀―――
『燕返し(つばめがえし)』!」

袈裟斬りと左切り上げの返し二連
弾かれ床に落ちたのは
何かが塗られた”得物”

恒次:
「これは…苦無(くない)?」

安綱:
「悪ぃ、助かったぜ国綱…」

国綱:
「ッ…不覚」

恒次:
「国綱さん!」

安綱:
「どうした国綱!?」

国綱:
「問題ない…動ける」

肩を抑え蹲り目が虚ろになる国綱
肩には先程の苦無が刺さっている

恒次:
「まさか神経毒…!?
どこまでも卑劣な…覚悟!
一刀流、奥義―――!!」

安綱:
「よせ恒次!」

恒次:
「『三途渡し(さんずわたし)』!」

手首の腱、腿の内側、首筋に刃を振るう
恒次の流れるような一連の太刀捌き

月姫:
「”青い”わ」

その必殺剣を容易くいなす月姫

恒次:
「く…!」

月姫:
「…踏み込みが甘いのぉ?
臆したか」

恒次:
「何故止めたんですか…安綱さん!
この人は!!」

安綱:
「殺すな!
姫さんは操られてるだけだ!」

恒次:
「誰に操られていると言うのです!
三日月刀は妖刀では”ない”んですよ!?」

国綱:
「安綱の…言う通りだ…
冷静になれ、恒次…」

恒次:
「国綱さんまで!
では”本体”はどこなんですか!?」

安綱:
「打ち合った時に解った…本体は、
三日月刀に取り憑いた”怨念”だ!」

恒次:
「怨念…まさか!?」

月姫:
「ほぉ…」

安綱:
「このきなくせぇ臭い…
間違いねぇ”妖狐”だ!妖狐の怨念が、
その太刀に取り憑いてやがったんだ!」

恒次:
「確かに…この感じ、”あの時”と似て?
では噂は―――」

月姫:
「そこまで気付いておったか
ならば…どうする?」

恒次:
「そうです安綱さん…
怨念は今、月姫様に取り憑いている
それを祓(はら)えなければ…!」

安綱:
「状況は最悪だ…つまり―――」

国綱:
「姫すら人質であった…
そういう事だ…」

月姫:
「カカッようやく理解したか…
”氣”の弱い其方等では、
この妾に触れる事もできぬのじゃ」

安綱:
「抜かせ、外道!
逃げ隠れするしか
能が無ぇだけだろうが!」

その一言に、
月姫から笑みが消える

月姫:
「吠えるな…駄犬…」

月姫の纏っている氣が紫色を帯びる

安綱:
「ッ!なんだ!?」

恒次:
「何か来ます!」

国綱:
「構えろ!」

月姫:
「乱れ咲け…
―――『瑠璃色・椿(るりいろつばき)』」

国綱:
「ぬ!?ぐわぁ!」

恒次:
「わぁああ!」

安綱:
「うぁあああ!ガハッ」

青紫の炎の花弁が三人を襲い
成す術無く吹き飛び転がる
安綱は支柱に背中を強打、
その衝撃で柱が折れ曲がり
支えられた天井の一部が崩れ落ちる

月姫:
「其方等なぞ、塵にも等しい…
妾が手を下すまでもないと言う、
ただそれだけの事…」

安綱:
「ゴホッ…ハァ…ハァ…
お前等…大丈夫か!」

国綱:
「問題…ない…しかし…」

恒次:
「加勢には…行けなくなりましたね…」

崩れ落ちた瓦礫に炎が燃え移り
部屋を分断さると同時に
退路が無くなる安綱

安綱:
「お前等が無事なら…それで良いさ
…後は、俺に任せろ」

ボロボロの状態で立つ安綱

月姫:
「脆いのぉ…
人間とはなんと脆い生き物か
そうまでして何故立ち上がる
何故、立ち向かう…?」

安綱:
「守りたい”モノ”が…あるからだ…」

月姫:
「”ソレ”のせいで其方は苦しむのじゃ…
守べきモノがあると、人間は弱いものよの」

安綱:
「…違うねぇ」

月姫:
「なんじゃと?」

安綱:
「それは”弱さ”じゃねぇ…
守る事のできる…”強さ”だ!」

月姫:
「戯言を…もう良い
灰となりて消え失せよ」

狐火が再び月姫の全身に纏う
それは炎となり、地獄の色に染まる

安綱:
「ォオオオ!旭光流奥義―――!!」

真っ直ぐ、ただ真っ直ぐに駆ける安綱

月姫:
「舞い散れ…
―――『常闇桜(とこやみざくら)』」

禍々しい妖気が、
赤紫の炎となって安綱に襲い掛かる

安綱:
「『鳳凰(ほうおう)!
天(てん)!
翔(しょう)!
剣(けぇえええん)』!!」

吹き荒ぶ桜のような炎の渦を
剣圧で巻き込みながら一直線に斬り進む

月姫:
「馬鹿な…妾の炎が!?クッ!」

激しい鍔迫り合いで火花を散らす

安綱:
「うぉおおおおお!!」

月姫:
「チィッ!じゃが無駄な事よ…
其方にこの身体は切れまい!」

安綱:
「…姫さん!聞こえてんだろ!?」

月姫:
「何を―――」

安綱:
「目を覚ませ…!アンタは弱くねぇ!
闘え!負けるな!自分自身に!!」

月姫:
「小癪な…!」

安綱:
「目を覚ませぇえええ!!」

月姫の三日月を持つ手が
徐々に押し上げられる

月姫:
「この妾が…人間如きに負ける…?
まさか力が吸われ…ッ!
こんな事が…!?」

安綱:
「いっけぇえええ!!」

月姫:
「ぐわぁあああああッ!」

安綱の太刀が
月姫の太刀を跳ね除ける
そのまま後方へ吹き飛び
仰向けに倒れる月姫
息も絶え絶えに切っ先を向ける安綱

安綱:
「俺の…勝ちだ…!
さぁ!姫さんの身体を返せ!!」

月姫:
「…カカッ」

安綱:
「何がおかしい!」

月姫:
「其方は勝ってなどおらぬわ…必ず死ぬ
そういう運命(さだめ)じゃ…」

安綱:
「そんな成りで、まだやろうってのか?
さっさと姫さんを解放しろ!!」

月姫:
「殺すのは妾ではない…」

安綱:
「なんだと」

月姫:
「理解したとて、どうする事もできぬ…
じゃが其方ならば…或(ある)いは…」

安綱:
「どういうことだ!?」

月姫:
「いずれ、この"日ノ國"に…
百鬼を統べる御方…
"皇(すめらぎ)様"が降臨なされる…」

安綱:
「スメラギ…?」

月姫:
「それまで精々…足掻くが良い…
愚かで、矮小(わいしょう)な…
人間共…」

安綱:
「ッ待て!!」

取り憑いた妖狐はそっと目を閉じる
そうして月姫の身体から邪氣は消え去った

安綱:
「…百鬼を統べる…皇…」

反芻するように呟く安綱
部屋の外から声が響く

国綱:
「無事か!安綱!」

恒次:
「安綱さん!」


壁の向こうから声が聞こえる

安綱:
「国綱…!恒次…!
ああ!どうにかな!!
そっちはどうだ!?」


恒次:
「国綱さんの応急処置は終えました
もう安心です…でも―――!」

国綱:
「火の回りが早い…
猶予も残されてはおらぬだろう」

安綱:
「そうか…頼みがある!」

国綱:
「なんだ」

安綱:
「光世殿と御庭番達を連れて、
安全な場所へ避難してくれ!」

恒次:
「安綱さん…」

国綱:
「お前はどうする」

安綱:
「さぁな、なんとかするさ」

国綱:
「なんだそれは?はっきり答えろ!」

恒次:
「崩れます!国綱さん!!」

国綱:
「わかっている!おい、安綱!!」

安綱:
「大丈夫だ!姫さんは任せろ!
そっちは、頼んだぞ!!」

力強い返事に黙る国綱

国綱:
「…死ぬなよ、安綱」

恒次:
「どうか、ご無事で…」

安綱:
「当たりめぇだろ!行け!!」

二人が去るのを音で感じる安綱
太刀を鞘に納め、周りを見渡す
火の手は部屋全体を覆いはじめる
すると、月姫が意識を取り戻した

月姫:
「ぅ…ッ…」

安綱:
「!?おい姫さん!しっかりしろ!」

月姫:
「全て…”視て”おりました…
この城は持ちません…
せめて、アナタ様だけでも…」

安綱:
「諦めるな!」

月姫:
「私(わたくし)はもう戻れません…
国にも、町にも、民等の元にも…
取り返しのつかぬ事をしたこの身では…」

安綱:
「後戻りできなくても
新しくはじめる事は、いつだってできる!」

月姫:
「一寸先は闇だと…
解っていてもでございましょうか…?」

月姫の震える手を握る安綱

安綱:
「明るい未来を目指すんだ
例え今、闇の中だったとしても
いや!闇の中だからこそ!
"光"ってやつぁ、輝いて見える!」

月姫:
「安綱…様…」

安綱:
「跳ぶぞ…しっかり掴まれ」

月姫:
「はい…」

安綱は三日月刀と月姫を背に抱え、
勢いよく駆け出した

安綱:
「道は、必ず俺が切り拓く…!」

燃え盛る見晴らし台の窓へと

安綱:
「うぉおおおおおおおおおお!!」

窓を打ち破り、外へ跳び出す
目を瞑り、しがみ付く月姫
地上の国綱と恒次はそれを見上げる

月姫:
「安綱様…」

安綱:
「届け…」

恒次:
「安綱さん…」

安綱:
「届け…!」

国綱:
「安綱…」

安綱:
「とぉ・どぉ・けぇえええええ!!」

跳び出す慣性のまま落下した先、
庭で咲き誇る巨大な枝垂桜に突っ込む
太い幹から伸びる幾重にも重なった枝が
衝撃を受けて拉げ折れ、勢いを殺す
舞い降りた薄紅色の花びらが
一面に散らばり、辺りを染め上げて
二人を優しく包み込んだ

恒次:
「ッ!枝垂桜に落ちました!」

国綱:
「安綱!おい安綱!
今死ぬ事は許さんぞ!!」

安綱:
「痛てて…生きてるよ…」

恒次:
「安綱さん…!」

国綱:
「まったく…お前と言う奴は…」

安綱:
「ほぉら…なんとか成ったろ?
姫さんは…寝ちまったみてぇだな…
怪我はなさそうだ」

恒次:
「無茶しすぎです…安綱さんは」

国綱:
「この大馬鹿者め…」

安綱:
「ヘヘ…」

微笑む三人、戦いは終わったのだ


【場面転換】最果ての城 枝垂桜前
暫くして、月姫と共に
幹に寝かされていた光世が目を覚ます

光世:
「―――ここは…?姫様!」

安綱:
「目覚めたか、光世殿」

光世:
「安綱殿…姫様は!?」

恒次:
「大丈夫ですよ、光世さん」

安綱:
「姫さんは無事だ」

国綱:
「大事には至らぬ」

月姫:
「光世…」

目覚めた月姫は
とても穏やかな優しい声色

光世:
「おぉ姫様…そのお声、その眼差し…
戻られたのでございますね…?
やはり、原因はあの妖刀に―――」

国綱:
「三日月刀は妖刀などではない」

光世:
「な、なんと…?」

恒次:
「三日月刀は美しさだけではなく、
その昔、妖狐を狩った伝説の刀として
ある場所に保管されていたんです
僕達の”今回の目的”は
何者かによって盗まれた
三日月刀の回収…ですから、
はじめからあの刀が
妖刀でない事は解っていました」

安綱:
「姫さんはあの三日月刀に封印された
妖狐の怨念に取り憑かれていたのさ?」

光世:
「妖狐の…怨念?」

国綱:
「討伐された妖狐の
いわば残滓(ざんし)…
斬られた際、力の一部を使い、
三日月刀に憑依したのだろう…」

安綱:
「だが、その怨念は俺が祓った
もう姫さんは大丈夫だ」

光世:
「然様でございましたか…では
此度の件は全て、妖狐の仕業
であったのでございますね…?」

安綱:
「ああ、姫さんは無実だ」

光世:
「良かった…
姫様の御意志による物でなくて…
本当に…良かった…」

月姫:
「ッ!」

距離を取り、土下座をする月姫

安綱:
「な…姫さん!?」

恒次:
「月姫様?」

国綱:
「姫…?」

光世:
「姫様…一体―――」

月姫:
「私は…
"妖狐"に取り憑かれたのではありません…
進んで、この身を捧げたのです」

安綱:
「なに…?」

唖然とする一同に月姫は語る

月姫:
「当時の私はたかが一介の貴族、
帝(みかど)の直系に当たる人物が相手では
弱い立場の身…婚姻を断る事など、
到底許されるものではありません…
そんな折、三日月刀に取り憑いた妖狐が
取引を申し出てきたのです…
身を委ねる事を条件に、自由を与える…と」

光世:
「姫様…そのような事が…」

月姫:
「お頼み申し上げます…
どうか、その刀で私を御斬り下さい
この牢獄より開放して下さい…」

光世:
「姫様…!」

安綱:
「そんなに死にてぇか?」

月姫:
「…ここは、地の獄でございます」

光世:
「成りませぬ!姫様!」

月姫:
「黙りなさい…!
いくら頭を下げようと、
取り憑かせたのは事実
奪われた魂は還りません…」

光世:
「それは…ですが姫様…」

月姫:
「これは…私が選んだ”道”なのです」

恒次:
「月姫様…」

国綱:
「姫…」

安綱:
「…気に食わねぇ」

月姫:
「ぇ?」

月姫の決断に皆が押し黙る中、
一人腑に落ちない顔をする安綱

光世:
「安綱殿…?」

恒次:
「安綱さん…」

国綱:
「安綱…」

安綱:
「逃げる事は悪くねぇ…だがな、
アンタは本当に何もできなかったのか
無駄と解っていても行動したか?
死ぬ程嫌なら本気でぶつかったのか?
生半可に生きてんじゃねぇぞ…!
涙を流すくれぇなら、
心の中から叫んでみせろ!
自分で"自分"を、否定するな!!」

月姫:
「安綱…様?」

安綱:
「いいか、良く聞きやがれ!
確かに俺はアンタに惚れてる!
ああ!好きで好きで堪んねえのさ!!」

月姫:
「!」

安綱:
「けどな…それでアンタが
涙を流すハメになんのは我慢ならねぇ!
俺達は!惚れた女に命を懸けるんだ…!
それが男の"誇り"なんだ!
舐めんじゃねぇ!!」

月姫:
「私は…許されるのですか…?
消せぬ過去を、罪を背負って…
それでも…それでも、
生きて…良いのですか…?」

目に涙を浮かべる月姫

安綱:
「俺が許す…
だから生きろ、何よりも強く
そして…思いっきり笑え」

月姫:
「…はい…」

涙を流し、ようやく心から解放される月姫

光世:
「安綱殿…ありがとうございまする…!」

月姫の傍に寄り、
共に深々と土下座をする光世

国綱:
「だがどうする、安綱」

恒次:
「三日月刀は回収しました…
ですが、このままでは御二人が…」

安綱:
「”策”は…ある」

顎に手を添えると少し考え、口を開く

安綱:
「今宵、城は襲撃にあった
賊は三人、俺達だ…目的は城の財宝
宝物庫に忍び込んだ賊は愚かにも、
保管されていた妖刀に手を出した…
呪いを受けた賊は発狂、城に火を放つ…
家来と共に脱出した姫さんは
心身に深い傷を負い、
療養を余儀なくされた…
っとまぁ…こんなところさ?あとは、
町の連中に事の顛末(てんまつ)を説明して
故郷で前のように両親と暮らせば良い…」

恒次:
「なるほど…
呪いに関しては周知の事実、
月姫様がお身体を崩されたとしても
祝言を挙げていない以上、
帝側へ赴(おもむ)く必要はない…
問題となった刀は我々が持ち去る…
証拠も残らない…名案ですね」

国綱:
「…それしかあるまい」

月姫:
「そんな…安綱様それでは…!」

安綱:
「御上(おかみ)に言われてんのは、
”百八つの呪物の回収”だ
お尋ね者に成ろうが成るまいが
今更知ったこっちゃねぇのさ?」

光世:
「安綱殿…すまぬ…すまぬ…」

国綱:
「む…この足音…
安綱、町の者達が来るぞ」

恒次:
「行きましょう、安綱さん」

安綱:
「”コレ”も縁(えにし)…か」

二人に背を向け、
足早に立ち去ろうとする安綱

月姫:
「安綱様…!」

光世:
「姫様!?」

追い駆けようとする月姫
身体が縺れ、倒れる
月姫を支える光世

安綱:
「…行くぞ、お前等」

月姫:
「いつまでも!
お慕い…申しております…」

光世:
「姫様…」

一瞬立ち止まるが、

振り返らず歩き出す安綱

安綱:
「達者でな…姫さん」


月姫:
「…安綱様
この御恩、いつか…いつか…」

泣き崩れる月姫
その背を支え見送る光世
三人は燃え盛る城を後にする

安綱:
「………(深呼吸のような悲しい溜息)」

恒次:
「…好きになる事は簡単かもしれません
ですが…
好きで居続ける事は難しいものです…」

国綱:
「…おい」

安綱:
「んだよ」

国綱:
「本当に、良いのか?」

安綱:
「何を言う…(息を吸って)
最良でござるよ!」

国綱:
「フ…そうか」

恒次:
「あなたと言う人は…本当にもう」

安綱:
「さぁ!今宵は満月でござる
団子を食べるでござるよ~!」

男達は、旅を続ける
待ち受ける試練と未来に向かって

光世:
(N)『一つの出逢いと、一つの別れ…
一期一会のこの世で生きる
気高き志士(しし)の花道に
今宵の月は何を想うか…
ススキ草、風に靡(なび)く星空と
月明かり、優しく照らす道筋は
ただただ何より美しく、
穏やかな静寂に
包まれていたのであった…


ツクガミ刀剣伝説
これにて、一件落着』




​終

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