

ブラック・ボックス
193X年
第一次世界大戦終結後のイギリスでは
今も尚、戦争による爪痕が色濃く残っていた…
人々の心は疲弊し、不満は募るばかり
欲求は呼応するかのように加速して、
国を内側から蝕んで行く
やがて肥大化した欲望の波は、
正常な世界にまで影響を及ぼす
非合法麻薬"レッド・ハート"
人智を超えた力を得る代わりに
赤い血の花を咲かせるという
恐怖の超人薬が、
世間を脅かしているのだった
これは、自由に見放された
1羽の鴉の物語―――
登場人物
レイヴン
鋭い目つきと近寄り難い雰囲気を持つ今作の主人公
冷静な判断力、行動力を兼ね備えた漢
愛煙家であり、常にオイルライターを所持している
性格は皮肉屋で不愛想だが決して悪人ではない
ギャバジン生地の黒いトレンチコートがトレードマーク
武器はOMEN/V2リボルバーとハンティングナイフ
ラッシュ
レイヴンの古い友人で、元同業者
明るく、気さくな性格のムードメーカー
現在は郊外でひっそりとBARを営んでいるが
持ち前の軽口が災いしてか、
"一部の客層"を除いてあまり人気がないようだ
レイヴンにとって頼れる相棒的存在
ネイビー色のダッフルコートを愛用している
武器はウィリーピート試作型発煙手榴弾
ボロス
圧倒的なカリスマ性を持つ"レッドバロン"のリーダー
革手袋とキャメルのチェスターフィールドコートに
ロングマフラーを垂らして着用するザ・マフィア
長身で引き締まった肉体と威圧感を持ち、隙が無く
その眼はまるで泥のように濁っている
※一・二人称、口調変更可 (声真似等はご自由に)
リサ
灰色のコートを着た黒髪の東洋人
容姿端麗で眉目秀麗だが無鉄砲な性格
冒頭で"何らかの理由"によりボロスに追われ
レイヴン達の居るBARに逃げ込んでくる
今作のヒロインにして、
物語の"カギ"を握る重要なキーパーソン
【役表】
レイヴン ♂ :
ラッシュ ♂ :
ボロス ♂ :
リサ ♀ :
雨が降りしきる夜のイギリス
首都郊外にあるBARの扉が開き
備え付けられたベルが鳴る
ラッシュ:
「お、いらっしゃ…なんだお前か
いつものヤツかい?"レイヴン"?」
レイヴン:
「…ああ、頼む」
ラッシュ:
「はいはい、飽きないねぇ」
レイヴン:
「お互い様だ、"ラッシュ"…
お前にBARのマスターは似合わない」
カウンター席に腰掛けるレイヴン
ジッポライターを取り出し、
タバコに火を点ける
ラッシュ:
「(鼻歌)」
酒を注ぐラッシュ、すると
勢いよく扉が開き、そして閉まる
入り口にはずぶ濡れの女
ラッシュ:
「いらっしゃい♪」
レイヴン:
「……(目もくれずタバコを吹かす)」
カウンター席に座る女
リサ:
(息を切らしながら)
「つ、強いの…貰える…?」
ラッシュ:
「あー強いのね
ちょっと待ってて下さい?
確か、奥に…」
と言いつつ裏に引っ込むラッシュ
女は取り出したタバコに
火を点けようとする、が
雨に濡れたせいか、点かない
レイヴン:
「(タバコとライターの火を貸す)」
リサ:
「…ありがと…」
振るえる手でタバコを受け取り、吸う女
リサ:
「アナタもしかして…殺し屋?」
レイヴン:
「…刑事かもな?なぜそう思う」
リサ:
「コートの下にガンホルダーが見えたの、
それに刑事にしては、
随分雰囲気が違うから…」
レイヴン:
「とんだ名探偵だな」
リサ:
「ねぇお願い、かくまって」
レイヴン:
「断る」
リサ:
「報酬なら払うわ!
今手元に無いけど…千ドルは持ってる、
それで―――」
レイヴン:
「何度も言わせるな
ソイツを吸ったら、さっさと出ていけ
"出口"は通路の先だ」
出入口ではなく、裏口を顎で指すレイヴン
リサ:
「……わかったわ」
灰皿にタバコを押し付け、立ち上がる
ラッシュ:
「あれ?お酒、お持ちしましたよ?」
リサ:
「ごめんなさい、急用ができたの」
そう言い残し、裏口から急ぎ出ていく女
ラッシュ:
「…良いのか?美女を放っといて」
レイヴン:
「"こんな所"にいるよりはな
それに、俺と関わると
碌(ろく)な事は無い」
ラッシュ:
「そんなもんかねぇ…っておいおい!
"こんな所"ってなん―――」
扉がまた勢いよく開き、複数の男達と、
オーバーコートを羽織った男が入って来る
ラッシュ:
「いらっしゃ~…んん?」
歩み出るオーバーコートの男
ボロス:
「―――此処(ここ)に、
"女"が来なかったか?」
ラッシュ:
「さぁね?お客は沢山来るもんで」
レイヴン:
「嘘つけ(呟く)」
ボロス:
「東洋人だ…灰色のコートを着た、
反抗的で、忌々しい、"女狐"だ…」
ラッシュに詰め寄る男
ラッシュ:
「知りませんって…
お客さん、落ち着いて―――」
レイヴン:
「…失せろ、
この場の酸素が無駄になる」
静寂、睨み合うレイヴンと男
ボロス:
「ほぉ…それは、悪かったなぁ?
バーテン、その酒を寄越せ」
ラッシュ:
「あちょっと―――」
酒を奪い取り
テーブルに金を置くと
男は指で栓を抜き
ボロス:
「釣りはいらん…
"床"を汚してしまったからな?」
ドボドボとレイヴンに酒を浴びせる
ラッシュ:
「うわっちゃぁ~…」
ボロス:
「これは、私の、奢(おご)りだ」
レイヴン:
「…」
ボロス:
「邪魔したな?行くぞ…」
オーバーコートを翻し、
付き人達と共に去って行く男
ラッシュ:
「あー…大丈夫?はい、タオル」
タオルを受け取り、顔を拭くレイヴン
レイヴン:
「なぁに…
浴びる程酒を飲むのも悪くない」
ラッシュ:
「またまた、
けど、アレはヤバいね~
レッドバロンの"ボロス"だ」
レイヴン:
「知っているのか?」
ラッシュ:
「勿論、ここいらじゃ有名なワルさ?
泣く子も黙る"赤紳士"…知らない?」
レイヴン:
「知らんな、興味も無い」
ラッシュ:
「最近頭角を現してきたマフィアのボスさ
前に、この街を仕切ってた武装集団を
力でねじ伏せたって話だ
しかも"たった一人"で…
いやはやまったく、おっかないねぇ~」
レイヴン:
「そんな風には見えなかったが…」
ラッシュ:
「人は見掛けによらないのかもよ~?
案外、武術の達人だったりして!」
アチョ~!とジェスチャーするラッシュ
レイヴン:
「…帰って寝る」
チップを置いて席を立つレイヴン
ラッシュ:
「おいおい冗談だって―――
あ、でもそれは良いかもな?
酔い覚ましにシャワー浴びたら?
臭うよ?」
レイヴン:
「お前はいつも一言余計だ」
店を出るとまたタバコを吹かし
トレンチコートの襟を立てて
雨の中を歩いて行く、すると
レイヴン:
「…ん?」
路地裏で蹲っている人影を発見
それは先程BARで見かけた女
撃たれたのか手傷を負っている
リサ:
「助…けて…」
そのまま倒れる女
レイヴン:
「お前…」
女を見下ろすレイヴン
雨が、激しさを増していた―――
【場面転換】アジト内部
女が目覚めた場所はベッドの上
そこは赤レンガと草臥れた家具が
無造作に置かれた無骨な部屋だった
所々塗装は剥がれ、床は傷んでいる
リサ:
「…此処は―――」
レイヴン:
「目が覚めたか」
リサ:
「!…ア、アナタは!」
近くのソファに腰掛けていたレイヴンを
敵でも見るかのように警戒する女
レイヴン:
「助けを求めておいてその反応か?
…やれやれだな」
リサ:
「私に何をしたの」
レイヴン:
「お前が考えているような事は何も無い」
ラッシュ:
「そうだよ~?お嬢さん」
部屋の奥、台所のカウンターに居たのは
やはりBARのマスター、ラッシュ
リサ:
「どうして…」
ラッシュ:
「怪我をした君を彼が助けた
彼が君を手当してベッドに寝かせた
その後、彼は俺に助けを求めた
だから今、俺と君は此処に居る♪」
レイヴン:
「食料調達を頼んだだけだ」
ラッシュ:
「あ~正確には
"猫"を拾ったって言われた」
レイヴン:
「うるさいぞ」
リサ:
「…フフ、おかしな人達」
キョトンとする二人
ラッシュ:
「回復したようで何より、
そうだ珈琲飲む?
ウチの"裏メニュー"
オリジナルブレンドで自信作なんだ」
リサ:
「頂くわ?」
レイヴン:
「"また"持ってきたのか」
ラッシュ:
「良いだろ?減るもんじゃないし」
レイヴン:
「…好きにしろ」
用意されたのは深みのある
色の濃いブラックコーヒー
一口飲んでみる
酷く…マズイ
とてつもなく苦いのだ
リサ:
「苦い…紅茶の方が好き」
ラッシュ:
「この苦味が良いんだよ~!
けど、合う合わないはあるかぁ
砂糖、持ってくるよ」
台所に走るラッシュ
リサ:
「アナタも、こう言うのが好き?」
レイヴン:
「…ああ(肯定)、
世間と一緒で目が覚める」
リサ:
「ふぅ~ん、そ?
私は"リサ"、アナタは?」
レイヴン:
「名は棄(す)てた」
ラッシュ:
「おいおい、そりゃないだろレイヴン?
せっかく助けた女の子じゃないか」
砂糖の瓶を持って戻ってきたラッシュ
レイヴン:
「ただの気まぐれだ」
リサ:
「レイヴンって、言うのね?」
レイヴン:
「…好きに呼べ」
ラッシュ:
「つれないなぁ?
あ、俺の名前はラッシュ!
よろしくな、リサさん?」
握手を求めるラッシュ
リサ:
「え、ええ(肯定)
…よろしく」
握手を交わすリサ
ラッシュ:
「なんで追われてたの?
奴等ヤバい連中だろ?
…何かあった?」
リサ:
「私を追ってたのはマフィアよ
レッドバロンって言う…
アイツ等の事、知ってるの?」
ラッシュ:
「全然?」
レイヴン:
「おい」
リサ:
「…どうかした?」
訝しむリサ
ラッシュ:
「いや?なんにも?
マフィアに追い駆けられるなんて
リサさんは災難だったな~
で、なにやったの?
警察にも言えないワケがあったんだろ?」
押し黙るリサ
徐に黒い小箱を取り出し
二人に中を見せる
リサ:
「…"コレ"よ
私はコレを取り返しただけ」
ラッシュ:
「ん?ナニコレ」
リサ:
「―――"レッド・ハート"…」
ラッシュ:
「え?今、噂になってる?」
レイヴン:
「…(目を細める)」
リサ:
「聞いたことが?」
ラッシュ:
「世間じゃコイツの話題で持ち切りさ!
犯罪絡みってなるとほぼ関わってる…
信じられない"力"を引き出す代わりに、
使用者には赤い血の花が咲くっていう
裏世界の超人薬―――」
リサ:
「詳しいのね…」
ラッシュ:
「"お客さん"から、ちょっとね!
でもどうして君が?」
リサ:
「…殺された私の父が作った物なの
病気や怪我で弱っている人を助けるんだって、
枯れた花が、息を吹き返すようにって…」
ラッシュ:
「死んだ肉体を、蘇らせる"薬"…」
リサ:
「父の研究は細胞の活性化を
促(うなが)す物だったの…
純粋に、生きる為の力になればと
毎日、夜遅くまで研究室に籠って」
レイヴン:
「だが出来上がった物は、
"毒"だった…か」
リサ:
「人聞きの悪い事言わないで!?
確かに、副作用はあるわ…
でも、私が知ったのは
中毒性があるって事だけ!」
レイヴン:
「現に人が死んでるんだぞ」
リサ:
「…ッ!それは…!」
ラッシュ:
「レイヴン…彼女のせいじゃない
それに、"変"だ…
聞いてたのとはだいぶ色味が違う
噂になってるのはもっとどす黒いんだ
コイツはどっちかっていうと真紅に近い
言っちゃなんだけど、"綺麗"だ
とても同じ物とは思えない…
出回ってる物が複製品か
あるいは―――」
レイヴン:
「"偽物"、か」
リサ:
「偽物…そうよ!アイツ等だわ!」
立ち上がって訴えかけるリサ
リサ:
「アイツ等は私の父を殺して
コレを奪った後、量産を計った…
でも、コレは父が何年もかけて
ようやく完成させた"新薬"
成分を解析しようにも、
その複雑な配合で文字通り
"ブラックボックス"と化してたんだわ
だから簡単には真似できない…
偽物を作る事しかできないのよ!」
荷物をまとめ、コートを羽織るリサ
リサ:
「私、その証拠を掴んでみせるわ」
ラッシュ:
「無茶だ!相手はマフィアだぞ?!
殺されるのがオチだ!」
リサ:
「これは私の家族の問題よ
それにもう、
誰かが傷つくのは…見たくないの
…珈琲、ありがとう」
そう言って出て行くリサ
ラッシュ:
「おい!リサさん!」
レイヴン:
「止めてやるな、ラッシュ」
ラッシュ:
「でもよレイヴン!
泣いてたぜ…彼女」
レイヴン:
「…そうだな」
ラッシュ:
「か弱い女の子だぞ!
すぐに捕まるに決まってる!
それを黙って見てろってのか?!
ソレが"正しい事"なのか!?」
詰め寄るラッシュ
レイヴン:
「俺は自分が正しいと思った事など
一度も無い…
重要なのは、納得しているかどうかだ
俺達には"やるべき事"がある
…そうだろ?」
机の上の箱を見るレイヴン
ラッシュ:
「レッド・ハート!?
…きっと俺達に託したんだ
捕まる事を、承知で…
そんな事じゃ、何も解決しないのに!」
レイヴン:
「"ノブレス・オブリージュ"…」
箱を手に取るレイヴン
ラッシュ:
「レイヴン…」
レイヴン:
「…場所は分かるか」
ラッシュ:
「廃工場、第13番倉庫だ
奴等は今そこに居る」
レイヴン:
「相変わらず頼りになるな、情報屋」
ラッシュ:
「"元"だよ…
俺も準備をしたらすぐ向かう
けど、何があるか分からない
気を付けろよ、レイヴン」
レイヴン:
「…だろうな
あの泥のように濁った眼、
一筋縄では行かないだろう」
ラッシュ:
「元刑事の”勘”か?」
レイヴン:
「…"経験"だ」
鴉は、敵地へと向かう―――