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BlueFragment

 

194X年
第二次世界大戦終結後のロンドン某所


古びたマンションの一室に住む"セレスト"は、
良き友人"マーヴィ"と共に
難事件を解決する凄腕の『私立探偵』である

​​​​

雨上がりの光が照らすその日…
ある屋敷の当主が自殺したという情報が入り、
現場の《状況》と《証言》の
些細な"違和感"に気が付いたセレストは
この事件へ乗り出すことにするのだった―――

​青の断片

​登場人物


セレスト

どこか不思議な雰囲気が漂う人物

記憶の一部を失っており、

自分が誰で何故この街に居たのか覚えていない

驚異的な洞察力と観察眼を持ち、頭脳も非常に良い

放浪していた所をマーヴィに匿われ、事件で共闘

現在はマーヴィの住むマンションで

"探偵事務所"を営んでおり、その実力は本物

事件で不信な点があった際には政府からも依頼が来る

センターパートのミディアムヘア、空色の瞳


マーヴィ

良くも悪くも実直で気に入らない事はしないタイプ

セレストとは同居人かつ仕事仲間

元警察官でその時の同僚達からはいつも心配される

ある事件で協力し凶悪犯を追い詰めた過去があり、

その行動力と心意気には絶対の信頼を置かれている

記憶を無くしたセレストに名前を付けた人物でもある

愛車は赤と黒のツートンという珍しいSS100

サイドパートリーゼント、碧色の瞳

​(※モノローグも担当)


レイチェル

インテリメガネ

捜査課警部でマーヴィとは元同僚

時々二人で食事に行く仲

本人は腐れ縁と言い張っている

やや小柄で華奢だがデカい

ブロンドのショートヘア、瑠璃色の瞳


セルリアン

屋敷の執事 使用人の一人

初老だがしっかりした体躯

礼儀正しい紳士

シルバーのオールバック、藍色の瞳


シャロン

屋敷の年若いメイド 使用人の一人

スラリとしておりスマート

物腰は柔らかで清楚な印象

ブラウンのシニヨンヘア、蒼色の瞳

 

【役表】

セレスト     不問 :

マーヴィ      ♂ :

レイチェル     ♀ :

セルリアン     ♂ :

シャロン      ♀ :


―――注意―――

本作は『推理小説』としても楽しめる構成です
ト書きはマーヴィの心情を表しています
事前に目を通しておくと演じやすくなります
(※ 本番で読む必要はありません)

――以下本編――



【プロローグ】
マーヴィ(M):
分厚い雲の切れ間から降り注ぐ光に照らされ、
雨上がりのロンドンは儚げな午後を迎える…
そんな幻想的な世界を幻滅させるかのように、
小汚い路地裏の一角にあるマンションの階段を
気怠そうな足取りで登っていく男が一人…
このマンションに住む住人"マーヴィ"
つまりは、俺である

マーヴィ:
「ふぃ~ただいまっと…」

ズボンのポケットに手を突っ込み、
開けた扉を後ろ足で閉め、
独り言を呟いた俺に

セレスト:
「おかえり」

マーヴィ
(M):
そう返したのは、
これまた古臭い木製の椅子に腰かけ
新聞を広げてこちらを見やる人物、
同居人の"セレスト"…コイツは探偵だ

マーヴィ:
「お、おぅ…」

セレスト:
「"また"行って来たの」

マーヴィ:
「…何の話だ~?」

マーヴィ
(M):
コイツは、めざとい

セレスト:
「とぼけちゃって
どうせ彼女のところでしょ」

マーヴィ:
「…アイツとはそんなんじゃねぇ」

セレスト:
「ほらやっぱり」

マーヴィ
(M):
ひ・じょ~・に!
めざといッ

セレスト:
「…で、"例の物"は買いそびれたと」

マーヴィ:
「仕方ねぇだろ、人気のブレッドは
すぐ売り切れちまっ…なんでわかんだよ?」

そう問うと、呆れたような顔をしながら
再び新聞に目を落とし、饒舌に語りだす

セレスト:
「ロンドンは今朝方まで雨が降っていた…
傘を持たず出て行った君が雨の中に居たのなら
コートにその"痕跡"が残るはず…
しかし見たところ、君のコートは濡れていない
大雑把な君のことだ、途中で傘を購入したり、
濡れた服を拭いたとは考えにくい…となれば、
おのずと"答え"は見えてくるよ」

マーヴィ:
「そんなもんかね?」

セレスト:
「不可解なのは"足元"さ」

マーヴィ:
「あん?」

セレスト:
「片方の裾《すそ》だけ濡れている
乾き具合からしてもつい最近…それは?」

マーヴィ:
「あ~これか…大したことじゃねぇよ
ちょっと水溜りに足を突っ込んだんだ」

セレスト:
「どこで?」

マーヴィ:
「例のパン屋の前だ…
経年劣化で排水管が破裂したんだとさ?
ただでさえ行列ができてんのに狭ぇのなんの」

セレスト:
「…そう
実に君らしいね」

マーヴィ:
「どういう意味だよ」

セレスト:
「お陰でスッキリしたよ」

マーヴィ:
「そいつぁど~も…
ほんっとに良くわかるな?」

セレスト:
「まぁね」

マーヴィ
(M):
脱いだマックコートを掛けながら
ふと、セレストの読んでいる記事に目が行く
記事の内容はこうだ
『多額の投資、イギリス史に新たなる1ページ』
…なんとなくイタズラしたくなる

マーヴィ:
「でもよ?
俺がパン屋に行ったのは確かだが…
入ったかどうかまでは、
さすがにわからねぇだろ?
そのまま素通りしたかもしれねぇのに」

セレスト:
「"匂い"さ」

マーヴィ:
「…匂い?」

セレスト:
「その香《こう》ばしい"香り"は
通りがかっただけじゃ付かないよ…それに」

マーヴィ:
「それに?」

セレスト:
「君は約束を守ろうとする人間だからね」

マーヴィ:
「ッ…悪いと思ってるよ…」

マーヴィ
(M)
そしていつも返り討ちだ
バツが悪くなる

セレスト:
「いいさ?
それより、"事件"?」

マーヴィ:
「ん、なんで?」

セレスト:
「…君のシャツ、
ボタンが1つズレてるよ」

マーヴィ:
「っといけね」

セレスト:
「慌ただしく切り上げてきた証拠さ、なのに
階段を登ってきた君は妙に落ち着いていた
ということは、事情があったのは
"ボビー"である彼女の方…違うかい?」

鏡の前の俺を見てすらいねぇ
興味無さげに推理しやがって

マーヴィ:
「そうなんだよなぁ
急に電話がかかってきて、

『仕事だから帰れ』って
ひでぇ話だよなぁ?」

セレスト:
「…どんな?」

こっちは興味ありかよ
ったく、しょうがねぇな~

マーヴィ:
「貴族が"自殺"したんだとさ?
詳しい事は聞いてねぇけど、
なんでも睡眠薬に毒薬まで使ったとか
ご丁寧に遺書まで残して…贅沢だよな、
貴族様の考えることはわかんねぇよ
場所どこだっけなぁ~?
あ~確か、街外れにある赤い屋根の…」

セレスト:
「…それは興味深い」

マーヴィ:
「あん?」

セレスト:
「すぐに出かけよう」

セレストはそう言うと、
掛けていたアルスターコートを羽織り
手早く出かける準備をしだした

マーヴィ:
「お、おい!
どこ行くんだよ!?」

その問いに振り向いたコイツは、
いたずら好きの子どものような笑みで
"こう"返した

セレスト:
「"殺人現場"にさ」

これからとても楽しい場所へ
遊びにでも行くかのように…


【場面転換】街外れ 屋敷前
マーヴィ
(M):
大通りを抜けて、喧騒から少し離れた場所
赤煉瓦で囲われたその先に"屋敷"はあった
鈍く輝く堅牢な門構えと佇まいは、
外界を拒絶しているようで、
美しく…しかし、どこか物悲しい
まるで一枚の絵画のようだ
車庫に高級車が並んでいなくとも
歴史ある貴族の風格を漂わせている

マーヴィ:
「…ここだな、着いたぞ?」

セレスト:
「ご苦労様」

マーヴィ:
「お!SSKじゃねぇか
良いなぁかっくぃ~!」

セレスト:
「車オタク」

マーヴィ:
「後で乗せてくんねぇかな~
ありゃ相当珍しいぜ?」

セレスト:
「君の"ノコギリ"も大概だけどね」

マーヴィ:
「…ノコギリじゃねぇ
"ファイアバレット"!」

マーヴィ
(M):
俺の車…SS100は赤と黒のツートン
愛称は燃える弾丸を意味する
『ファイアバレット』…しかし、
誰が呼んだか、蔑称は『ノコギリ』
ナンバーが『SAW.357』だから?
違うね、"切り込む奴"って意味だ
ズカズカと踏み込むっていうあーもう
何度も言うがノコギリじゃねぇ
そんな名前で呼ぶのはコイツと―――

レイチェル:
「見覚えのある車が来たと思ったら…
やっぱりノコギリ」

マーヴィ
(M):
…そう、今しがた屋敷から出てきた"女"
ブロンドのショートヘアに黒縁眼鏡、
小柄なくせに胸と態度はやたらデカい
捜査課の警部にして俺の幼馴染み―――

マーヴィ:
「…"レイチェル"、お前なぁ?」

セレスト:
「やあ、レイチェル
捜査は順調かい?」

レイチェル:
「あらセレスト、ごきげんよう
そちらのお寝坊さんとお散歩かしら?」

マーヴィ:
「…誰が、なんだって?」

セレスト:
「まぁそんなところさ?
それより、聞いたんだけど―――」

レイチェル:
「"自殺"よ
アナタの出る幕じゃないわ」

おいやめとけレイチェル
その言葉はソイツに効く

セレスト:
「それはどうかな?」

ほらきた

レイチェル:
「…なんですって?」

セレスト:
「僕はこの事件…
"殺人"だと思っているよ」

俺にはわかる
コイツの目はマジだ

レイチェル:
「何を根拠に―――」

セルリアン:
「殺人…とは、
穏やかではありませんね」

マーヴィ
(M):
そう言いながら出てきたのは
シルバ―の髪をオールバックにした紳士
目は優しいが、隙がねぇ
シワを見るに年上だろうけど、
背筋が伸びているせいか体格は結構ある…
俺と同じくらいか?

セルリアン:
「執事の"セルリアン"です
レイチェル警部、そちらの方々は?」

セレスト:
「私立探偵のセレストです」

マーヴィ:
「マーヴィです、
コイツの友じ…助手です!」

っぶねハブられるとこだった

セルリアン:
「探偵…なるほど」

レイチェル:
「ちょっと!大体、部外者は―――」

セレスト:
「僕が事件を解決するたび、
無条件で次の捜査に協力させる…だよね?」

マーヴィ:
「観念しろよレイチェル?
コイツは俺の次にしつこいぜ?」

レイチェル:
「(ため息)…セルリアンさん、
こちらの者に捜査協力を願いたいのですが、
現場への立ち入りに許可を頂いても…?」

セルリアン:
「ええ、構いませんよ」

レイチェル:
「感謝致します…
捜査内容は公言しないこと、
現場で発見した物は我々に提示すること
…わかった?」

セレスト:
「うん、ありがとう」

マーヴィ:
「俺も入って良いよな?」

レイチェル:
「もう…好きになさい」

セルリアン:
「案内は屋敷のメイドが…"シャロン"
こちらの方々を御部屋に」

シャロン:
「…はい」

マーヴィ
(M):
シャロンと呼ばれたメイドは若い女だった
物腰は柔らかいが、ちょっと目が座ってる
スラリとスマート、しっかりしている印象だ
ウェーブがかったブラウンの髪を結っていて
まさに"できる女"って感じ、
どっかの誰かとは大違いだな

マーヴィ:
「へ~綺麗じゃん
ッ痛!?」

レイチェル:
「あら失礼?」

わざとだ…!
絶対わざと踏みやがった!

セレスト:
「…メイドに案内を?」

レイチェル:
「彼女が第一発見者なの」

セルリアン:
「当時の状況を知る者は他におりません
捜査であれば尚のこと、
案内は彼女が適任かと存じます」

セレスト:
「…そうですか
では早速、現場にお願いします」

マーヴィ:
「イテテ…あ、よろしく(苦笑い)」

シャロン:
「ご案内致します…どうぞこちらへ」

俺達はメイドに導かれ、
屋敷の2階へ足を踏み入れる
謎が大口を開けているとも知らずに…


【場面転換】屋敷2階
マーヴィ
(M):
長い廊下の突き当り
重たい空気を放つ、分厚く巨大な扉
漂う雰囲気は、作りだけではない
勇ましい威厳のような物を感じる
その先はこれまた豪勢なベッドルーム
置いてあるのはもちろんキングサイズ
ったく、これだから金持ちは

レイチェル:
「現場は"密室"、
争った形跡もなく、
怪しい人物の目撃情報もない
机には本人の"遺書"もある…
疑いようがないわ?」

持っていた黒い手袋を着け、
部屋を探索するセレスト
俺も白手着けとこっと…

セレスト:
「…発見までの経緯は?」

シャロン:
「朝食のお時間を過ぎましても
当主様がお見えにならなかったので
寝室でお休みなのではと思い、
午前9時頃にお伺いを…
ですが応答が無かったため、
失礼を承知でお部屋に…」

セレスト:
「その時の様子は?」

シャロン:
「部屋が荒らされた様子は無く、
カーテンも閉め切られておりました
当主様はベッドの上で、
眠るようにしてお亡くなりに…」

セレスト:
「最後に見かけたのはいつ?」

シャロン:
「午後8時頃でございます
ご夕食を召し上がられてすぐお部屋に」

セレスト:
「それからずっと?」

シャロン:
「はい、それ以降は一度も…」

セレスト:
「レイチェル、死亡推定時刻は?」

レイチェル:
「硬直が全身に広がっていたし
斑《はん》の出現度合いから見ても
午前0時~午前3時頃ね」

セレスト:
「ふむ…鍵は内側から?」

シャロン:
「はい」

セレスト:
「部屋へはどうやって?」

シャロン:
「"合鍵"を使いました」

セレスト:
「鍵は1つ?」

シャロン:
「はい」

セレスト:
「どこで管理を?」

シャロン:
「金庫にて保管を」

セレスト:
「…なるほど」

マーヴィ:
「あ!隠し扉とかは?」

シャロン:
「ございません」

レイチェル:
「すみません、このバカは帰らせます」

マーヴィ:
「誰がバカだ」

レイチェル:
「アナタよ、大人しくなさい」

マーヴィ:
「ちぇ~」

セレスト:
「…こちらが例の遺書ですか」

シャロン:
「さようでございます」

インク瓶と羽ペンが置かれた机の上、
羊皮紙には短い文でこう書かれていた

マーヴィ:
「"ノブレス・オブリージュ"…ねぇ?」

…遺書かこれ?

セレスト:
「本物という確証はもちろん?」

レイチェル:
「筆跡鑑定でも間違いないわ」

セレスト:
「…なぜ毒だと?」

レイチェル:
「小瓶があったのよ
丁度、その遺書の隣に…
ワイングラスとボトルもね」

セレスト:
「瓶の内容物は?」

レイチェル:
「わからないわ?
ラベルが無かったし…
鑑識に回したから、
結果はすぐに出るはずよ?」

セレスト:
「…当主はいつも睡眠薬を?」

シャロン:
「いえ、そのようなものは…
"鎮痛剤"でございましたら、
お使いになっておられました」

セレスト:
「鎮痛剤?」

シャロン:
「ご持病のためと仰《おっしゃ》って…」

セレスト:
「詳しくお伺いしても?」

シャロン:
「それは―――」

セルリアン:
「その件に関してはこの私が…」

先程の執事、
セルリアンさんがやってきた
ワゴンにティーセットを乗せて

セルリアン:
「その前に紅茶でもいかがですかな?
なにぶん多忙でございましたので、
"ミッディ"を…」

俺は見逃さなかったぜ?
その隣に置かれた物を!

マーヴィ:
「このスコーン…もしかして!」

セルリアン:
「軽食にと、趣向を凝らしてみました
出来立てには及びませんが…
よろしければ、お召し上がりください」

間違いねぇあのパン屋のだ!
ラッキー♪

レイチェル:
「すみません、気を遣って頂いて…」

セルリアン:
「この程度しか、お力になれませんので」

セレスト:
「…ではお言葉に甘えて」

マーヴィ:
「いただきまーす!ん~うめぇ!」

レイチェル:
「少しは落ち着いて食べなさい
みっともない…でも、
本当に美味しいです、これ
巷《ちまた》で人気なだけありますね…
ありがとうございます」

セルリアン:
「恐れ入ります」

マーヴィ:
「とんでもない行列ですよね~あの店!
今日は特に!」

セルリアン:
「まったくです
受け取りを遅らせることはできますが、
購入は並ばなければなりませんから…」

セレスト:
「ではセルリアンさんがこれを?」

セルリアン:
「ええ、変わらずご盛況でしたが、
早めに並んだお陰で購入できました」

セレスト:
「…何時くらいのことです?」

セルリアン:
「確か…
7時半頃だったと記憶しております」

マーヴィ:
「開店の30分前に!?
はぇ~俺はまだ寝てる頃だ…」

レイチェル:
「夜更かしするからよ」

マーヴィ:
「誰かさんが―――モゴッ!」

レイチェル:
「何か言ったかしら?」

スコーンを突っ込まれた
笑みが怖え

マーヴィ:
「なんふぇもごだいまへん」

レイチェル:
「よろしい」

セルリアン:
「ハハハ…随分仲が良いようで」

レイチェル:
「腐れ縁です…失礼、
そろそろ話を戻しましょう?」

セルリアン:
「そうですね、
当主様の持病についてでございましたか」

セレスト:
「お願いします」

セルリアン:
「当主様は訓練時代、"事故"で
片腕を負傷してしまわれたのです」

セレスト:
「どちら側を?」

セルリアン:
「利き腕でございます
それからはあまり長い時間、
作業ができなくなった…と」

セレスト:
「では鎮痛剤は定期的に?」

セルリアン:
「ええ、痛むたびに…
そして睡眠薬ですが…ございます」

セレスト:
「それは今どちらに?」

セルリアン:
「お持ち致します、
少々お待ちください」

そう言うと戸棚の中から
手のひらサイズの箱を取り出した

セルリアン:
「こちらでございます」

マーヴィ
(M):
ワニ革の黒い箱
赤い中敷きに錠剤入りの薬瓶
窪みは3箇所…でも、
1箇所だけ空っぽだ

セレスト:
「…空きがありますね?」

セルリアン:
「おそらく、こちらを使われたのだと…
緊急時には本人も使用できるよう予め
方法をお伝えしておりましたので…」

セレスト:
「鎮痛剤としては、普段どちらを?」

シャロン:
「そちらもこの棚にございます
私がご用意を…」

そう言いつつ、棚の上段に手を伸ばす
誰かさんなら背伸びしても届かねぇな

シャロン:
「…」

マーヴィ:
「ん?シャロンちゃん?」

一瞬、止まった?

シャロン:
「……いえ、こちらでございます」

セレスト:
「見せて頂いても?」

シャロン:
「どうぞ…」

セレストが受け取ったそれは、
茶色い根っこが入った透明の瓶

マーヴィ:
「えっと、これは?」

シャロン:
「…"烏頭《うず》"と呼ばれる
漢方薬の一種でございます」

セレスト:
「乾燥させた"トリカブト"の根ですね?」

シャロン:
「はい…仰る通りでございます」

マーヴィ:
「へぇ~トリカブト…
って毒じゃん!大丈夫なの!?」

セルリアン:
「市場に出回っている物でございますので、
大事にならぬよう処理がなされております」

マーヴィ:
「なんだそうなのか…」

レイチェル:
「一応、こちらは鑑識に回しておきます
よろしいですね?」

シャロン:
「承知致しました」

セレストは瓶を袋に詰めてから渡した

セレスト:
「…ワインについて知っていることは?」

セルリアン:
「組合から頂いた物でございます
"寄付"の礼として」

セレスト:
「寄付?」

セルリアン:
「ええ、貴族たるもの
慈善事業の参加は当然ですので…」

セレスト:
「そうですか…」

マーヴィ:
「どんなワインを貰ったんです?」

セルリアン:
「"シャトー"のボルドーを…」

マーヴィ:
「もしかして"ラフィット"?」

セルリアン:
「いえ、"ムートン"でございます」

マーヴィ:
「さすがに最高峰はないか~
すみません、つい」

セルリアン:
「いえいえ、お詳しいのですね」

マーヴィ:
「飲んでみたくって!
ちなみに―――」

レイチェル:
「鑑識に回したわよ」

マーヴィ:
「ですよねぇ~…」

セルリアン:
「申し訳ございません」

マーヴィ:
「いいんですよ~あ、続けて?」

セレスト:
「…ではセルリアンさん、
最後に当主を見たのは何時頃です?」

セルリアン:
「23時頃です
呼び出しを受けておりましたので」

セレスト:
「呼び出し?」

セルリアン:
「はい、業務を終えて休んでいたところ
内線でお呼び出しがあり、向かいました
そこで今後の資金繰りについてお話を…」

セレスト:
「部屋へ戻ったのは?」

セルリアン:
「0時には部屋へ戻り、就寝致しました」

セレスト:
「…証明できますか?」

セルリアン:
「直前に部屋の前で
シャロンと会っております」

レイチェル:
「間違いありませんか?」

シャロン:
「はい、間違いございません
朝食の準備で遅くなってしまい
部屋へ戻る際、軽い挨拶を…」

セレスト:
「他に変わったことは?」

シャロン:
「いえ、特には…」

セルリアン:
「部屋は隣でございますので
何かあれば気付くかと」

セレスト:
「…わかりました
ありがとうございます」

レイチェル:
「これ以上は特に無さそうね…
他の場所も捜査しましょう?」

シャロン:
「ご案内致します、こちらへどうぞ…」

レイチェル:
「お願いします
行くわよ二人とも?」

ふと、棚の前のセレストが気になった
黙ったまま自分の指先を見つめている

マーヴィ:
「ん、どうしたセレスト…?」

セレスト:
「…いや、些細なことさ
なんでもないよ」

マーヴィ
(M)
結局…それ以外の場所も
特に変わった所は無かった
窓が割られてるだとか、
甲冑が動き出すだとか、
秘密の抜け穴、隠し通路、
宝の地図なんて物も無い
え?俺が知りたいだけ?
とにかく、な~んにもだ

マーヴィ:
「あーあ結局、手掛かり無しかぁ~…」

レイチェル:
「私は一度、本部へ戻ります
鑑識の結果が出ているかもしれません…
それでは、失礼します」

セレスト:
「我々も聞き込みをしてきます
行くよマーヴィ」

マーヴィ:
「あぃよ…っと、
終わったら戻りますね?
紅茶、ご馳走様でした♪」

セルリアン:
「いってらっしゃいませ」

シャロン:
「お気をつけて」

セレスト:
「では後程」

マーヴィ:
「んじゃまた~」

心地よいエンジン音と共に、
風を切り、街へと車を走らせる
屋敷が遠ざかる頃、俺は尋ねた

マーヴィ:
「…で、どう思う?
つっても答えは決まってんだろ?」

セレスト:
「これは自殺じゃない…現場を見て、
その考えはより濃厚になったよ」

マーヴィ:
「というと?」

セレスト:
「自殺の方法はいくつかある…
投身、焼身、入水、縊首《いしゅ》、
裂傷や銃創による失血、そして
今回のような薬物による心停止」

マーヴィ:
「まぁそうだな…それが?」

セレスト:
「…君は、有り余る程の財産があって尚、
死ぬ時は苦しみたいと思うのかい?」

マーヴィ:
「んなもん嫌に決まって…あ」

セレスト:
「裕福な者が、安楽死ではなく、
苦痛を伴《ともな》う毒を使用しての自殺…
けど、最終的な死因は睡眠薬による心停止
…不自然だ
だから僕は最初から他殺の線を疑ったのさ」

マーヴィ:
「でも一体誰が…」

セレスト:
「現場は密室…争った形跡も無い
…となれば」

マーヴィ:
「まさか、あの二人が?」

セレスト:
「どちらかであることは間違いないね」

マーヴィ:
「なんてこった…」

 
マーヴィ(M):
気が滅入ってくる…
でもコイツが言うんだ、
"そう"なんだろう

セレスト:
「"ピース"は、まだ足りない…」

マーヴィ
(M)
セレスト―――コイツは、探偵だ
ずば抜けて頭が良く、顔も良い
欠点があるとすれば一つだけ…

セレスト:
「僕の中の"断片"は、
この事件をきっかけに
どこかで繋がり、
埋まるかもしれない…」

 
マーヴィ(M)
コイツには、過去の記憶が無い

セレスト:
「必ず見つけてみせる
この事件における真相と真実…
"記憶の断片"を―――」

 
マーヴィ(M)
俺は、コイツを救ってやりたい

セレスト:
「…君も、そう思うだろ?」

 
マーヴィ(M)
なんたって、コイツは

マーヴィ:
「ああ、間違ったことを、
間違ったままにはしたくねぇ」

 
マーヴィ(M)
―――最高の友人だから





~お好みで休憩タイム~






【場面転換】大通り パン屋前
マーヴィ
(M):
聞き込みをしてわかったのは、
屋敷の当主はここ最近になって
募金や寄付といった慈善活動を
割と頻繁にしてたってことだ…
今朝の新聞にも関わっているらしい
なんだ、良い奴なのか?

マーヴィ:
「お…まだやってんな」

セレスト:
「なんの話?」

マーヴィ:
「工事だよ、
水は引いたみたいだけどなぁ」

セレスト:
「…いつからだっけ」

マーヴィ:
「さぁ?ずっとじゃないか?」

セレスト:
「聞いて来てくれ」

マーヴィ:
「俺だけ?」

セレスト:
「僕は利用してないからね」

マーヴィ:
「わーったよ…
駐禁、切られねぇようにな?」

再び訪れたパン屋では丁度、
出来立てが焼きあがる頃合いだ
…俺はそこで、
ある"重要な物"を手に入れた
意気揚々と車へ戻る

セレスト:
「おかえり…
随分遅かったね」

マーヴィ:
「えっへへ、たで~ま♪
8時過ぎくらいだってさ~
それより良い情報がある
…"これ"、なんだと思う?」

セレスト:
「"青いガラス片"?
…どこで拾ったの?」

マーヴィ:
「ふふーん♪店の人に貰ったんだ
コイツがパイプを破裂させたらしい」

セレスト:
「ちょっと貸して」

マーヴィ:
「あ、おい」

すーぐ取る
…そんな珍しいか?

セレスト:
「…この"形状"…まさか」

マーヴィ:
「なんだよ、何かあんのか?」

セレスト:
「ちょっと用事を思い出した
マーヴィはここで待ってて」

マーヴィ:
「おいおい俺も行くって」

セレスト:
「駐車違反でしょ?
すぐに戻るよ」

マーヴィ:
「ちょ!セレストー!?」

案の定セレストが戻ってきたのは
それからだいぶ後のことだった…


【場面転換】屋敷玄関前 広場
マーヴィ
(M):
屋敷前で車を停め、ドアを開けた俺は
そりゃあもうご機嫌斜めだ
ムスッとしてるしプリプリしてる
頬を膨らませて大層おかんむりだ
さっき突かれて少し萎んだのは内緒だ

マーヴィ:
「(ため息)ったく
散々待たせやがって…
何してたんだよ?」

セレスト:
「ごめんごめん、
でも"収穫"はあったから」

マーヴィ:
「なんだよ収穫って?」

セレスト:
「それはまだ言えない」

マーヴィ:
「ちぇ~~~!」

セレスト:
「屋敷の周辺を調べたい
どっちから周る?」

マーヴィ:
「"これ"で決めようぜ!」

セレスト:
「―――コイン?」

マーヴィ:
「表か裏、どっちがいい?
俺、表♪」

セレスト:
「…裏」

コイントース!
…結果は!?

マーヴィ:
「表ぇー!」

セレスト:
「はいはい」

マーヴィ:
「半周して合流な!俺は右!」

善は急げ!
急がば回れ!
そうと決まれば
ダッシュだあああ

セレスト:
「まったく、マーヴィは…
ん?あれは―――
セルリアンさん」

セルリアン:
「これは…セレスト殿、
おかえりなさいませ」

セレスト:
「…右手の"それ"は?」

セルリアン:
「古書を寄付致しましたので、
その感謝状でしょうな…
受け取りのサインをしておりました」

セレスト:
「ペンは左にあるようですが…」

セルリアン:
「ええ、私は元々左利きなのです」

セレスト:
「元々?」

セルリアン:
「ここに来た時に矯正しましてね
執事たるもの、規範となるよう
務めねばなりませんから…
ただ、感覚を忘れないよう、
サインは左で書くようにしているのです」

セレスト:
「大変ですね…
いつ頃からこちらで?」

セルリアン:
「…もう20年になります」

セレスト:
「そんなに?以前は何を?」

セルリアン:
「医者をしておりました
小さな、診療所で」

セレスト:
「どうして執事に?」

セルリアン:
「亡き友人との、約束でしてね…」

セレスト:
「そうですか…」

セルリアン:
「少々話過ぎましたな…失礼
よろしければご夕食までご滞在ください、
いつまた降り出すかわかりませんから」

セレスト:
「感謝致します、セルリアンさん
後からマーヴィと共に向かいます」

セルリアン:
「ええ、お待ちしております…」


【場面転換】屋敷裏 庭園広場
マーヴィ
(M):
屋敷の裏側は庭園だった
そこにはシャロンちゃんがいて
花壇にしゃがんでいた

マーヴィ:
「なぁ~にしてんですか?」

シャロン:
「マーヴィ様…
花を間引いております」

マーヴィ:
「千切ってるけど!?」

シャロン:
「こうすることで
他のところへ栄養が回るので」

マーヴィ:
「へ、へぇ~…そうなんだ?
好きなの?」

シャロン:
「え?」

マーヴィ:
「花」

シャロン:
「…はい」

マーヴィ:
「良いよな、花って…
にしてもこんな綺麗に咲くんだなぁ
俺なんて水のやり過ぎで、
すぐ枯らしちまうからさ~」

シャロン:
「…愛情をもって接すれば、
花たちは必ず応えてくれます
元気に育ち、美しく咲いた時は
励まされているように感じます」

マーヴィ:
「優しいんだね、シャロンちゃんって」

シャロン:
「ふふ」

マーヴィ:
「え、なんか俺おかしかった?」

シャロン:
「いえ…昔、母がよく言ってました
"強さとは力ではなく、優しさ"だと」

マーヴィ:
「そうなんだ?ご両親は今?」

シャロン:
「父はいません…
母は…亡くなりました
随分前に」

マーヴィ:
「あ、ごめん…」

シャロン:
「いえ、仕方のないことですから…」

マーヴィ:
「…お母さんはその…病気で?」

シャロン:
「はい…"ミアズマ"で」

マーヴィ:
「みあ?」

シャロン:
「…ただの流行り病です、
忘れて下さい」

マーヴィ:
「そ、そっか…
でも、無理すんなよ?
困ったときは、人を頼れ!」

シャロン:
「…ありがとうございます
お陰で少しだけ気が楽になりました
ご無礼を、マーヴィ様
私は屋敷へ戻ります」

マーヴィ
(M):
シャロンちゃんはそう言うと、
屋敷の中へと入っていった…
入れ違う形でセレストがやってくる

セレスト:
「捜したよマーヴィ」

マーヴィ:
「おぅ!」

セレスト:
「何かわかった?」

マーヴィ:
「んーや、全然?強いて言えば、
シャロンちゃんのことくらい」

セレスト:
「聞くよ」

言うか一瞬迷って

マーヴィ:
「…実はな…」

でも、言うことにした
そうしなければいけない気がして

セレスト:
「そう…流行り病で…」

マーヴィ:
「大変だったろうに、立派だぜ」

セレスト:
「ちなみに病名は?」

マーヴィ:
「えーっと確かミ…ミア…?」

セレスト:
「…ミアズマ?」

マーヴィ:
「そうそれだ!
よくわかったなぁ~」

セレスト:
「いや?聞いたことがあっただけさ…
どこだったか―――」

そんな話をしていたら
後ろから声を掛けられた

レイチェル:
「二人とも、ここにいたの」

マーヴィ:
「レイチェル!
ここにいるってことは…!」

レイチェル:
「ええ、鑑識の結果が出たわ」

セレスト:
「それで?」

マーヴィ:
「肝心の毒はなんだったんだ?」

次の一言に、風が凪いだ

レイチェル:
「―――TTX《ティーティーエックス》よ」


【場面転換】書斎 暖炉前
マーヴィ
(M):
セレストは屋敷の書斎に閉じ籠り、
"何か"を探していた
タイムリミットが近いってのに…

マーヴィ:
「何してんだセレスト!?
走り出したと思ったら書斎なんかに!」

セレスト:
「あるはずなんだ…どこかに」

マーヴィ:
「レイチェルが足止めしてくれてる
早くしねぇと…!」

セレスト:
「あった…見つけたよマーヴィ」

マーヴィ:
「て…手紙?」

セレスト:
「これで証拠は揃った」

マーヴィ:
「ホントか!?でもアリバイがまだ…」

セレスト:
「アリバイの方は何とかなったさ?」

マーヴィ:
「ならもう全部―――」

セレスト:
「まだだ」

マーヴィ:
「え?」

セレスト:
「まだ…足りないピースがある」

マーヴィ:
「な、なんだよ?」

セレスト:
「"動機"がわからない…」

マーヴィ:
「そんなもん…
カッとなってやったんじゃ?
こう…バーン!って、あ」

フルスイングよろしく、勢い余って
暖炉の上の写真立てを倒しちまった
…割れてねぇよな?

マーヴィ:
「いけねいけね…ん?この"写真"」

マーヴィ
(M):
古い屋敷の写真だ…
そこに写っていたのは、
亡くなった当主と
前当主であろう男性
若い頃のセルリアンさん
そしてもう一人…―――女性?

セレスト:
「そうか…"これ"だったんだ…」

セレストは俺の背後から
手にした写真を見て
そう呟いた

マーヴィ:
「…セレスト?」

セレスト:
「すべてのピースは、繋がった
犯人は―――"あの人"だ」


【場面転換】応接間
マーヴィ
(M)
扉越しに話し声が聞こえてくる
三人はきっとこの応接間の中だ

セルリアン:
「そうですか…
耐えかねていたのやも知れません
貴族としての重圧に…」

シャロン:
「ではやはり
この件は自殺なのですか?」

やっべー!

マーヴィ:
「ちょっと待ったー!」

セレスト:
「遅くなりました」

シャロン:
「マーヴィ様?
それにセレスト様も…」

セルリアン:
「何を待つのです?
犯人が見つからない以上、
この事件は―――」

マーヴィ:
「おっと、結論を出すのは」

セレスト:
「まだ早いですよ」

レイチェル:
「"わかった"のね?」

マーヴィ:
「ああ」

セレスト:
「ようやくね…」

セルリアン:
「何がわかったのです?」

セレスト:
「この事件の真相と…犯人さ」

セルリアン:
「な、なんと…」

シャロン:
「本当に…?」

レイチェル:
「聞かせてみなさい」

セレスト:
「…その鍵を握るのは、
当主の傍にあった毒―――」

マーヴィ:
「TTXだ!」

シャロン:
「ティー…?」

マーヴィ:
「正直俺もさっぱりわからん…
どういう毒なんだセレスト?」

セレスト:
「TTX…学名"テトロドトキシン"は、
一部の海洋生物が持つ神経毒…摂取すると
ナトリウムイオンの流入が阻害され、
神経伝達が遮断し全身が麻痺…やがて死に至る
徴候として、吐き気やめまいを発症するけど…
マーヴィ、死体があった部屋は?」

マーヴィ:
「そういや綺麗だった…
汚れなんかどこにも…!」

セレスト:
「そう…現場にはその痕跡が無かった
そんな猛毒を摂取しておいて、
どこも汚れていないというのはおかしい
だから、死因となった睡眠薬は
それを上回る形で投与された可能性が高い…」

マーヴィ:
「じゃあ、毒を飲んでから
睡眠薬を?」

セレスト:
「ところが、ここで問題が生じる…
それは、TTXは"猛毒"だということ
その毒性は約20分程度で全身を巡り
確実な死をもたらす…
対してバルビツール酸系の睡眠薬は
効果が現れるまで、およそ30分…
その間に死んでしまっては意味がない」

マーヴィ:
「確かに、睡眠薬を早めに使ったら
毒を使う前に寝ちまうもんな…あれ?
無理じゃね?」

セレスト:
「その通り…だけど、
その作用を抑制する物質が
たった1つだけ存在する
―――それは、"これ"だ」

セルリアン:
「それは…」

マーヴィ:
「なんだその袋?中身は―――」

レイチェル:
「茶色い…"粉"?」

セレスト:
「寝室の棚に付着していた物です
シャロンさん、これに見覚えは?」

シャロン:
「…ございます」

セルリアン:
「シャロン…!」

レイチェル:
「なんなの?それも烏頭?」

セレスト:
「これは…"附子《ぶし》"
この屋敷にあったはずの物
…ですね?」

シャロン:
「…はい」

マーヴィ:
「ぶしぃ~?
なんだそれ?」

セレスト:
「トリカブトの根の一種さ
烏頭が母根《ぼこん》とするならば
これは子根《しこん》…だが
烏頭と違い、強い毒性を持つ
本来は修治《しゅうじ》と呼ばれる
減毒処理が行われている…
けれど実際に使われた物は違うはず、
専門家であるアナタだ
処理が行われていない附子を飲めば
その後どうなるか…知らないはずが無い」

シャロン:
「…」

セレスト:
「アナタはこれを、当主に
渡しに行ったんじゃないですか?」

シャロン:
「…はい
セルリアン様が当主様にお会いする前に
その後、朝食の準備に戻りました…」

マーヴィ:
「嘘をついていたのか…
でも、使うとどうなるんだ?
それも毒なんだろ?」

セレスト:
「トリカブトの主要な毒成分…
アコニチンは神経を暴走させる毒物
対してTTXは神経を抑制させる毒物
2つの毒は互いの作用が拮抗し合い、
それぞれを無毒化させる…
だが、無毒化の効果はTTXの方が
代謝速度の関係で先に無くなるため
結果としてアコニチンだけが残り、
それによってその後に死亡する…」

マーヴィ:
「そんな効果が…だけど、
いくらなんでも無茶だぜ?
シャロンちゃんにはアリバイが…」

レイチェル:
「そうよ…大体、
検出されたのは別の毒じゃない?」

セレスト:
「いや、彼女は犯人じゃない
要因の1つになっただけさ…」

マーヴィ:
「え…じゃあ!」

レイチェル:
「まさか…」

セレスト:
「当主に怪しまれず毒を飲ませ、
そして睡眠薬を投与できた人物
それが可能だったのはたった一人…
犯人は―――アナタだ、
セルリアンさん」

レイチェル:
「セルリアンさんが…」

マーヴィ:
「犯人…!」

シャロン:
「そんな―――」

セルリアン:
「聞かせてもらいましょうか?
なぜ、私が犯人なのかを」

セレスト:
「アナタは昨晩、当主と何らかの…
おそらく金銭問題で口論となり、
部屋に戻ったアナタは
用意していた毒入りのワインを持って
再び、当主の部屋へと訪れた…
おそらくこのタイミングでしょう
シャロンさんが当主に毒を渡したのは…
そして、ワインを渡した後、アナタは
自殺に見せかけるために遺書を書き、
第一発見者となるべく行動した
だがここで予想だにしない事態が起きた…

毒を飲み、死んだと思っていた当主が、
まだ生きていたということです」

レイチェル:
「そうなると…部屋へは三度訪れていたのね?
シャロンさんが来たのは一度部屋を出てから
戻って来るまでの間だった…」

セレスト:
「そこでアナタは、
自室の内線電話で当主を説得し
鍵を開けさせ、部屋に入ると
睡眠薬を規定量より多く飲むよう指示した
…ワインに含まれるアルコールには、
人間の中枢神経を抑制する作用があります
睡眠薬にも同様の効果があるため、
同時に服用すると抑制され過ぎてしまい、
"低酸素血症"…つまり
酸素欠乏状態に陥《おちい》ります」

マーヴィ:
「えと…どゆこと?」

レイチェル:
「とても眠くなるってことよ?」

マーヴィ:
「な、なるほどな」

セレスト:
「そして当主は…
アナタが部屋を出た後、鍵をかけ、
睡眠薬を飲んでベッドへ入ると
そのまま昏睡状態になってしまい、
毒の効果を待たずして帰らぬ人となった」

セルリアン:
「証拠は、おありですかな?」

セレスト:
「証拠は3つ…まず1つ目は
こちらの"手紙"です
これは先ほど書斎にて見つけました
支援団体からのアナタ宛の感謝状です…
なぜ当主ではなくアナタに宛てたのか?
それは、寄付や募金などの慈善活動を
当主ではなくアナタが、
独断で行っていたからでは無いですか?」

セルリアン:
「…面白い話ですね」

セレスト:
「2つ目の証拠は…
この"引換券"です
これはパン屋の店主が持っていた物…
予約時に交換できるサイン入りの券です
捜査のために一時的にお借りしました
個人情報なので…交渉には、
だいぶ時間を労しましたよ」

セルリアン:
「それがなんだと仰るのです?」

セレスト:
「あの店は出来立てを客に提供するため、
予約を取る場合は前もってこの引換券を
購入しておかなければなりません…
ですから、
アナタは前日にパン屋へ行き、
予約を取っていた…
見てください、
ここに書かれている2つの名前は
どちらも当主の物…ですが、
片方の筆跡が違います」

レイチェル:
「…確かに違うわね」

マーヴィ:
「でもこっちは遺書の字に似てる?」

セレスト:
「…アナタは普段、右手でサインをする時は
当主の名前を書いていたのでは?
引換券を購入した際、
アナタはいつも通り右手でサインを書いた…
しかし、どうしてか
引き換えの時にはそれができなかった
だから咄嗟に書いてしまったんです…
左手で、当主の名前を」

セルリアン:
「…」

セレスト:
「店主が覚えていましたよ
『左手でも達筆でした』とね…
つまり、これは2つともアナタの字だ
1つ目と合わせて筆跡鑑定を行えば
遺書は偽物だったとわかるでしょう」

セルリアン:
「主《あるじ》の字に似るというのは
よくある事ではないですかな?
手荷物がある状態では
やむを得ない場合も―――」

セレスト:
「左手でしか書けなかったんですよね?
なぜならその時間、既に当主は…
この世にいないと知っていたんですから」

セルリアン:
「…偶然ですよ」

セレスト:
「そしてパンを購入したアナタは
証拠を処分するため
トイレで瓶ごと毒を流した…
その後、何食わぬ顔で裏口から出たんです」

セルリアン:
「…それらはあくまで
仮説に過ぎないのでは?
私が犯人だという
確たる証拠にはなりませんよ」

セレスト:
「それはどうかな?」

セルリアン:
「…違う、と?」

セレスト:
「店員に聞いたところ、今朝の客入りは
いつもより少なかったそうです
なぜなら…開店後まもなくして
"事故"が起こったから…」

セルリアン:
「事故…?」

セレスト:
「"ある物"が、古くなっていたパイプに
穴を空けてしまったんです
そして、店の前は水浸しになった…
今朝に限っての人混みは行列じゃない、
水溜りを避けるための人だかりだったんです
裏口から出たアナタは、
知らないでしょうけどね?」

セレストがポケットから取り出したのは
もちろん、あの時の―――

セレスト:
「その原因こそ、この"ガラス片"です」

シャロン:
「それは…!」

セルリアン:
「…どこでそれを」

セレスト:
「マーヴィが見つけた、3つ目の証拠
作業員が店員に渡していたそうです…
中身は流れてしまいましたが、
シャロンさんの反応を見るにおそらく
附子が入っていた物と同じでしょう」

レイチェル:
「お手柄ね?」

マーヴィ:
「へへっどーよ♪」

セルリアン:
「フ…なるほど」

シャロン:
「しかし犯人だと仰るなら、
どうしてセルリアン様が?
私には…わかりかねます…」

セレスト:
「なぜ当主に殺意を抱いたのか?
そしてなぜ、
シャロンさんの用意した毒瓶を
自らの毒瓶と入れ替えたのか?
最後まで動機はわかりませんでした
…この"写真"を見つけるまではね」

セレストが提示したのは、
一枚の古い写真…

マーヴィ:
「その写真…さっきの?」

セレスト:
「動機は…
ここに写っている女性…ですね?」

シャロン:
「お母さん…」

マーヴィ:
「シャロンちゃん!?
じゃあこの人が?」

セレスト:
「女性の服装を見るに、
屋敷で働いていたメイドでしょう…
だがそれだけじゃない
現代で"コレラ病"と呼ばれている
死因…『ミアズマ』は、
古代ギリシア語で―――"汚染"
おそらく、この女性は…
ギリシア系ユダヤ人」

マーヴィ:
「"ジェノサイド"の被害者?!
シャロンちゃんのお母さんが!?」

セレスト:
「母を亡くし、
この屋敷へとやってきたシャロンさん
そんな彼女を支え、励まし、
救うために行動したセルリアンさん…」

マーヴィ:
「そうか…!」

レイチェル:
「もしかして…」

シャロン:
「そ…んな…」

セレスト:
「全ては『我が子を守るため』
これが、僕の出した"答え"です
…違いますか?
セルリアンさん」

一瞬のようにも、永遠にも感じられた
その沈黙を破るようにゆっくりと
セルリアンさんは口を開いた

セルリアン:
「…お見事ですな
さすが、探偵を名乗るだけはある…」

マーヴィ:
「じゃあ…やっぱり…」

セルリアン:
「ええ、私がやりました」

シャロン:
「セルリアン様…」

レイチェル:
「どうして…」

セレスト:
「話てくれますか?」

セルリアン:
「私は元々軍医でしてね
亡き前当主様とは戦友でした
そして写真の女性―――カルラは、
私の最も愛する女性でした…」

セルリアンさんは語った
まるで、懐かしむように…

セルリアン:
「訓練時代、当主…いや、
"奴"がふざけて事故を起こした後、
医者として屋敷へ訪れた際に出会い、
互いに惹かれ合いました」

マーヴィ:
「じゃあ、それからこの屋敷に?」

セルリアン:
「戦友からの願いでもありました
気心の知れた仲で、頼りになると…
ところが奴は―――
『祖父に聞いたぞ、その女はユダヤ人だ
穢れた血筋は本国へ送り返してやる』と
脅してきたのです…
そして愛し合っていた私達を引き裂くため
彼女を解雇して私を召使にし、
二度と会わないことを条件に黙認すると…」

シャロン:
「酷い…」

セルリアン:
「戦友が病で急死し、
その財産が転がり込むと…
奴はそれをギャンブルに使い、
あろうことか
麻薬にも手を出そうとしておりました
問い詰めると
奴はそれをわかった上で
私にこう言い放ったのです
『メイドはあの女の血筋だ
従えないなら使い倒した挙句、
奴隷に身を堕とそうが
知ったことではない』とね」

マーヴィ:
「なんて奴だ…」

レイチェル:
「ゲスね…」

セルリアン:
「許せなかった…
愛する女性を奪い、嘲った挙句、
あまつさえ愛しい我が娘にまで
その毒牙を向けようとした
あの悪魔を…」

マーヴィ:
「でも…何も殺すことは…
当主は大切な友人の―――」

セルリアン:
「殺されていたんですよ、戦友は…
他ならぬ奴の手によってね…」

マーヴィ:
「な、なんだって!?」

セルリアン:
「それがわかったのは、
毒を取り扱う店に入った時でした―――
毒瓶を前に購入を躊躇《ためら》う私へ、
店の責任者が言ったのです
『購入された毒もよく効いたでしょう?』と
奴に変装していた私に向かって、
ニヤついた笑みを浮かべながらね…!」

セレスト:
「ではなぜ、アナタは
最期に優しくしたんですか?」

マーヴィ:
「え…優しく?」

セルリアン:
「…やはり、お見通しですか」

レイチェル:
「どういうこと?」

セレスト:
「既に2つの毒によって
死が確定している相手…しかし当主は
睡眠薬をオーバードーズされていた
まるで、痛みを与えないように」

セルリアン:
「…先ほどアナタが仰ったように
私が様子を見に行った時、
奴はまだ生きていたのです
そして苦しみ悶えながら
掠れた声で、図々しく乞うてきた
『助けてくれ』と…その時、
戦場にいた兵士達を、思い出しましてね…
心の中のわずかに残った良心という偽善が、
奴に慈悲を与えてしまった…そして、
棚に置かれたトリカブトの瓶を見て察しました
まさかシャロンも、
奴を制裁しようとしていたとは…
唯一の誤算はアナタ方がいらっしゃった事…
初めはシャロンの無実を明白にするためでした
直接的に手を下した訳ではありませんから…」

マーヴィ:
「じゃあ…シャロンちゃんの毒瓶も?」

セルリアン:
「私がすり替えました…
そして毒瓶を処分するために…後は、
すべてセレスト殿の推理通りですよ…」

シャロン:
「母は昔…この屋敷で働いていたんです
だからきっと父もいるはずだと思って…
それなのに、当主様は…
『そんな女は知らない、
お前は奴隷商に売り渡してやる』と…
だから自分で、始末を…
まさか…セルリアン様が私の…
父だったなんて…
ごめんなさい…お父さん…
てっきり…私…」

セルリアン:
「いいんだ…シャロン…
もう、終わったんだよ」

シャロン:
「ごめんなさい…ごめんなさい…!」

レイチェル:
「…セルリアンさん、アナタを逮捕します」

マーヴィ:
「お、おいレイチェル―――」

レイチェル:
「今なら自首扱いにできる
当主の性格からして、
情状酌量の余地もあるわ
…これが私にできる最大限の配慮よ」

セルリアン:
「感謝致します…レイチェル警部」

マーヴィ:
「けど、けどよぉ…」

レイチェル:
「わかってる…でもこれが
私の仕事なのよ、"マーブ"」

セルリアン:
「…マーヴィ殿、
気になさらないでください」

マーヴィ:
「セルリアンさん…」

セルリアン:
「高貴な者には、
大いなる責任と義務が伴うのです
私にもその役目が来た…ということ」

マーヴィ:
「大人ですね…
俺にはとてもそんな風に…」

セルリアン:
「大人なぞ、どこにもいませんよ
皆、年を重ねた…子どもなのです」

レイチェル:
「さ…行きましょう?」

セルリアン:
「ええ、お願いします」

マーヴィ:
「…それでも!」

セレスト:
「マーヴィ?」

マーヴィ:
「それでも、
責任を果たそうとするのが
大人だって…信じていますよ」

セルリアン:
「強い心をお持ちですね…
私よりアナタの方が大人だ…
ハハハ…ハハハハハハハハハ」


【場面転換】キングス・クロス駅前
マーヴィ
(M):
俺達はあの後、警察本部へ足を運んだ
セレストの力により、事件は無事解決
シャロンちゃんは証拠不十分で釈放
街を離れることになった

シャロン:
「あのお屋敷は取り壊され、
代わりに孤児院が建てられるそうです」

マーヴィ:
「気にし過ぎないでね…君のせいじゃ…」

シャロン:
「…父を追い込んだのは私でもあります」

マーヴィ:
「そんな…君はむしろ被害者じゃないか!
もっと自分を大切にしていいんだよ?」

シャロン:
「マーヴィ様…ですが、罪は罪…
未遂でも殺意を持ってしまった以上、
十字架はいつまでも背負っていきます」

マーヴィ:
「シャロンちゃん…」

セレスト:
「涙は堪《こら》え過ぎると、
いざという時、流れなくなってしまう物…
時には自分を許すことも大切ですよ」

シャロン:
「…ありがとうございます、セレスト様
今日が雨で…よかった…」

マーヴィ(M):
傘を伏せ、少し震えた彼女の肩と
その頬に一筋の光が流れて見えたのは
きっと気のせいじゃない
顔を上げた彼女はどこか優しく、
まるで憑き物が取れたようだった

シャロン:
「私は、母と過ごした町へ戻ります
いつかこちらでまた、
給仕としてお力になれればと…」

セレスト:
「"待つ"おつもりですね?」

シャロン:
「…ええ」

マーヴィ:
「そっか…そうなったら、
たまに顔を出しに来るよ」

セレスト:
「そうだね」

シャロン:
「はい…その時は歓迎致しますね
それでは、ごきげんよう」

彼女は去っていった…振り向きもせず
俺はその背中を、じっと見つめていた

マーヴィ:
「はぁ…なんだか、虚《むな》しいな」

セレスト:
「それでも、人は進まねばならない
その命ある限り…」

マーヴィ:
「ああ…前を向いて進まなきゃな…」

セレスト:
「うん…」

ポケットに手を突っ込むと
何か紙のようなものが手に触れた
そういや忘れてたな

マーヴィ:
「…そうだセレスト?」

セレスト:
「なんだい?」

マーヴィ:
「腹、減ってねぇか?」

セレスト:
「…確かに
そういえばそんな時間か…」

マーヴィ:
「こんなこともあろうかと、ほらこれ」

セレスト:
「…それは?」

マーヴィ:
「パン屋の予約券だ
2つだけ購入して取り置いてもらった」

セレスト:
「…気が利くね」

マーヴィ:
「食べ歩きって平気か?」

セレスト:
「たまには悪くないかな」

マーヴィ:
「そっか、そりゃ何よりだ
…お、雨も止んだな?」

セレスト:
「…止まない雨など無い、さ」

マーヴィ:
「ああ、そうだな…」

雲はゆっくりと流れ、
夕暮れに染まるロンドン
空には虹がかかっていた

マーヴィ:
「大いなる責任と義務…か」

セレスト:
「…おいてくよマーヴィ?」

マーヴィ:
「あ!ちょ、待てよ!
セ~レ~ス~トォ~!!」

マーヴィ(M):
鳴り響く鐘の音が、
全てを優しく包み込む…



END

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